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午前5時。まだ空は暗い。
昨夜から降り積もった雪のせいで
辺りは静まり返っている。
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文章を書くことは、自分の未熟さと向き合うことになる。
そんなことを思いながら、淡々と書いてゆく。

     ◆

自分の残した文章は、
常に今の自分より若い自分の文章になる。
大人になっている自分には、
過去の自分の未熟さがはっきりと見えるものだ。

2004年に書いた記事は、今から読みたくないほど稚拙なものだけれど、
その瞬間瞬間では、
大事なことだと思って書いていたのだと思う。

     ◆

人に心を読まれることに怖れを感じていた自分に
最近気づいた。

何か行動を起こすとき、
下心や本心を悟られぬように行動する癖がある。
それは文章にも表れていて、
なぜこの話題を持ち出すのか、
人にどう見られたいのか、どんな自分を見て欲しいのか、
どんな風に思われたくないのか、
あらゆる目に気を配って文章を書く。

「何を考えているのかわからない」
他人からそう思ってもらえれば楽だ。

     ◆

しかし自分に向けて書く文章は、
どう上手く書いても見破られてしまう。

自分に向けて書いている文章でさえ、
気づかぬうちにいつも自分に対してカッコつけているのだけれど、
そのカッコつけはやがて、
大人になった自分が見破ってくれる。

「本当はそうじゃないだろ?」
と。

     ◆

自分では気づかぬうちに抑圧している感情を、
ユング心理学では「シャドウ」という。

文章は、書かれた瞬間から自分という心理分析家の前に
サンプルとしてさらけ出される。
一度プレパラートとなった文章は無防備で、
過去の自分は、どうやっても未来の自分の分析力には勝てない。

その怖ろしき分析に耐えるには、
本音で文章を書くことだ。

     ◆

そして本音で文章を書くことで、
穏やかな心を持つことができる。
見破られる恐怖を抱えなくて済むからだ。

そういった意味でも、
ジュリア・キャメロンの「モーニングページ」は素晴らしい。
朝の脳は無防備だ。
ゆえに何の鎧もない本心が、
オートマティックにノートのラインに流れてゆく。

     ◆

自分の「シャドウ」に気づくたびに、
心は自由になっていく。
書くという行為はまるで、
「未来の自分」という精神科医に
心を診察してもらう行為のようだ。


ありがとう。

夏川草介著『神さまのカルテ』を読むのが楽しくて、
文章を書きたくなった。

何も事件が起こらなくとも読んでいて楽しい
という本に出会う機会は多くない。
ありがとう夏川草介さん。

     ◆

ただ読んでいたい。
ただ書いていたい。
ただそれだけで、
いいのかもしれない。

今日も60点アンパンマン。
素晴らしい世界。
ありがとう。
by KazuFromJP | 2011-02-15 06:18 | 深く考えたシリーズ