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さて、今日も感謝の日だ。
今日は音楽に感謝してみようと思ったが、いつもみたいに各所で感謝を言葉にしてたら味わいの世界が途切れ途切れになってしまったので、感謝の言葉は割愛した。
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昨日、知人に誘われて狭い喫茶店に、小さな演奏会を聴きに行った。僕の知人はギターを演奏したのだけれど、僕の耳にギターの音は響かず、僕はビオラの音色に心を動かされていた。

そして今日僕は、しばらく聴いていなかった高嶋ちさ子の『Aria』というCDをかけてみた。今日の午後、高嶋ちさ子のヴァイオリンの音色が部屋の空気を満たす空間の中で僕は、大崎善生の『パイロットフィッシュ』という本を読んでいた。

不思議な現象との出会いがあった。音楽を街に持ち出して聴くと、それが町の風景をがらりと変えてしまうものだが、活字が生み出す風景の中に音楽が溶け込んでくるとまた、何というか、僕はその中で開放されていくような感じを覚えた。

いまそれを思い出して書こうと思ったのだけれど、そのとき僕が、本の中からまぶたの裏側に映して見ていた風景と、そこに溶け込むように流れてきたのがどの曲だったのかはもう思い出せない。

映画とかテレビドラマなんかには大抵、各場面でBGMが流される。あのBGMは、その場面の雰囲気や臨場感を伝えるために作為的に選ばれたものだけど、僕の聴いていたCDは、僕が読み進めている小説の場面に合わせてトラックを選択したりしてくれるほど愛想はよくない。

街で音楽を聴くと、僕の視界の中で街は、音楽によって変えられてしまう。でも小説の中に溶けて流れ込んできた音楽は、小説の中の風景を「変える」というよりも「広げた」感じがした。それまでは、僕はその風景の中で大抵、止まっていた。場面が切り替わるとまた新しい場面に移動しているのだが、カメラは大抵固定されていた。けれどそこに流れ込んできたヴァイオリンの音色は、僕に翼を持たせてその世界を拡張させた。僕はそこで、歩くことも飛ぶこともできた。

僕はあまり小説を読むほうではないけれど、それでも何かしら本を読むときは大抵、何かしらの音楽を流している。でも、今日みたいに、本の風景の中に、作為的でない音楽が溶け込んでくるようなことは、たぶん一度もなかった。

ヴァイオリンの哀しげな音色と、パイロットフィッシュの淡い色をした風景がたまたま、共鳴し合ったのだろうか。

そこに、何らかの真実みたいなものがあるとしてもないにしても、まあどちらでも構わない。ただ僕は今日、そんな風景の中にいて、その空気を味わった。

今日はそんな日だった。

そんな味わい深き一日に感謝、そして今日も頑張って回ってくれてるアースボールに感謝だ。ちなみに明日も感謝の日です。
by KazuFromJP | 2005-05-29 22:17 | 今日は感謝の日
アタマスッキリ!

「ただ行為の跡が残っていく」ってのは、いい言葉だと思った。

これはゲームに限った話ではなくて、あらゆる可能性(未来)が野に放たれていて、われわれはその時、その場でベストな取捨選択が必ず出来ているというわけではなく、ただ行為の跡が残っていくという、言うなれば業。
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ゲーム(業界)とか人生とか、歴史を残していくものってのは、その中で幾度も取捨選択の岬が訪れるけれど、そこでどの手段を使うのがベストなのかわかる人なんていない。仮に「わかる人」がいたとして、でもその人が残す「行為の跡」ってのは最も平凡な軌跡になってしまうんじゃないかと僕は思う。

先月徳林寺で会った、長野の山奥で自給自足生活している人の話を思い出した。

「俺なんかは勉強できなかったし、会社にいっても大学とか出てる奴らなんかにはどうやってもかなわなかったから、何をやっていけばいいのかわからなくて、だからとりあえずシベリア鉄道に乗って、ヨーロッパへ入ってみた。」

それから30年経って、その人が長野の山の斜面のおうちにたどり着くまでの軌跡っていうのは、ギザギザしていて面白かった。でも別に、ギザギザの跡を残そうとしてやってきたんじゃなくて、「ゲームがリアルになっちゃった」みたいに、「ちょっと見たいもの」の扉を開けて進んで見た結果、気づけばそういう跡が残ってた、みたいな、歴史ってそういうものなんだなあと思った。

そうか。

ただ、行為の跡が残っていく。
by KazuFromJP | 2005-05-25 18:29 | ゲーム『人間』
さて、今日も感謝の日なのだ。
頑張って感謝するぞ。
今日は、ゴキブリ感謝の日だった。
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鈴木鎮一の『愛に生きる』を読んでいた今日未明、彼は遂にやってきた。それが、ゴキブリ1号だ。この出会いを作った運命にとりあえず感謝だ。あとそれから、感謝の日ということなので鈴木鎮一さんにもついでに、感謝しとこう。

さて、ゴキブリ1号だ。昨年10月にこの、12㎡1Kの部屋に移り住んでから早7ヶ月。こんな狭い部屋には僕一人しか住めないだろうと思っていたが、彼はいつからか、僕と同居していた。こんな僕のところに来てくれた彼のその、優しい心に感謝だ。

彼はカーテンレールと天井の中間辺りの壁に、左向きで静止していた。何だか、壁に瞳がついてるみたいだった。
「そうだ、僕が目になろう。」
記憶の泉から声が響いた。スイミーの声だ。その光景は、15年前のあの風景をフラッシュバックさせた。さすがゴキブリ1号。感謝だ。ついでに部屋の白い壁と、その壁紙を選んだ大家さんに感謝だ。

今日の話は長くは続かない。鈴木鎮一にも飽きてきて、ふとスイミーがいた位置を見上げると、その瞳が、なくなっている。ふと気がつくと、目の前の本棚の側面に静止している。それから僕は無意識的に、落ちていた昨日の夕刊を筒状に丸め、百人一首的なあの、小石が跳ねるようなその動きで確実に、彼を昇天させた。ゴキブリを見かけたら即殺す。何だか彼らにとっては不条理なその教育。ナチスのユダヤ人政策に似ているがしかし、僕の心は晴れ晴れとしていた。というわけで、その教えを僕に染み込ませた山中家(実家)に感謝だ。それから僕に、百人一首を覚えさせた愛すべき母校に、感謝だ。

そして僕はまた、一人暮らしに戻った。

「ゴキブリは一匹見たら30匹はいる。」
と、さくらももこのお姉ちゃんは言った。僕の部屋に30匹もいたら20匹は絶対に、隠れ場所に戸惑うはずだ。まあとりあえず、さくらももこのお姉ちゃんに感謝だ。

ゴキブリ2号は既に僕と、同居を始めているのだろうか。
by KazuFromJP | 2005-05-24 22:28 | 今日は感謝の日
ときどき、70年代について考える。
ある日、電車の中でふと、まわりを見渡してみたとき、妙な孤独感を覚えた。
「この車内・・・。この中で、70年代の空気に触れたことがないのは、僕だけだ。」
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70年代って、どんな世界だったのだろうと、考える。僕はその世界に、存在しなかった。僕にとってその世界っていうのは、社会の教科書の中にあるもので、明治維新とか世界大戦とか、そういったグループの中に位置しているものだ。

けれど、電車の中とかエレベーターとか、日常のいろんな場面でふと、周りを見渡してみると、70年代の空気をくぐり抜けてきた肌をもつその生き物たちに、四方八方囲まれていることがしばしばあるのだ。

「この人たちみんな、『70年代王国』を旅したことがあるんだなー。」

それはまるで、まわりのみんなが火星に行ったことがあるのに僕だけ行けない、そういう感じ。みんなは火星に行ったことがあるから、火星人はまあまあハンサムだったとか、火星料理は塩気が微妙に足りないわねとか、そういうことを話すんだけど、僕は図鑑でしか見たことがなくて、だから、へーそうなのかと、脳内にその映像(ハンサム火星人&薄味火星料理)を立ち上げてみるだけなのだ。

電車内、のんびりジョブアイデム(求人誌)めくってる疲れ顔のおじさんも、腕組んで先輩そよ風吹かせてるスーツの男も、その男に「―ッスね~。」とか言ってる兄ちゃんも、何が入ってるんだか気になってならないでかい風呂敷包みを抱えて腰下ろしてるそこのおばあちゃんもみんな、70年代を知ってるくせに、ちっともその、なんというか威張った素振りを見せないところがかえって腹立たしい。

あぁどこにあるのか70年代。しかし、決して行くことのできない僕としては、その存在自体が何だか疑わしい。それはつまり、70年代など本当に存在したのかということだ。絶対にたどり着くことのできない僕は、彼らがみんな、誰かの催眠術にかかって、70年代という架空の世界の存在を信じ込まされているだけなんじゃないかと思ったりもする。

もう20年も生きてきたのに、70年代という場所はどこにもなかった。でも、いま世の中にいる半分以上の人が、70年代の風景を見たことがある、とアンケートで答えているのだ。70年代はその、UFOやツチノコなんかとは違うのだ。

僕が一生、どこを探しても、どこまで歩いてもたどり着けないその世界を、確かに生きていた生物がそこここに、ゆうゆうと歩いてる。いっぱいいる。一体どうなっているんだ。

ここは博物館じゃない。シーラカンスに囲まれて電車にゆられるこの孤独。シーラカンスと僕。どうすることもできない。しかしシーラカンスは、毎年確実にその数を減らしているのも事実。あぁ、どこへ行くのかシーラカンス。

電車が駅に滑り込み、眠った女性が乗ってきた。専用カートの居眠り運転中だ。乳母車という名の。彼女は、僕の仲間のようだ。握手したかった。70年代に行けないグループ。しかし彼女はいつか、20世紀の存在を疑いだしたりするのだろう。

同級生が歴史教科書に載り出し、僕もまた、シーラカンスとなってゆく。そしたらいつか、僕もあの空気に触れることができるのだろう。実際できはしないが、あの頃の空気に触れたことにされるのだろう。やがて80年代と70年代の境界壁が崩壊し、僕は「あのころ」の風景の中に生息した生き物となる。「あのころ」は拡張していき、60年代と90年代も巻き込んでいく。それは例えば、70歳と110歳が、「高齢者」という同じグループにまとめられてしまうように。70年前には、0歳と40歳だったそのグループ。

70年代。僕がその空気に触れることはできないけれども、僕の脳には先人の物語がたびたび刻み込まれ、やがて70年代のレプリカシーラカンスとなる。

そんな頃まで生きてたらある日、電車の中でふと、妙な孤独感を覚えるだろう。

「この車内・・・。この中で、20世紀の空気に触れたことがあるのは、僕だけだ。」
by KazuFromJP | 2005-05-24 02:08 | ゲーム『人間』
さて、今日も感謝の日だ。
感謝しなきゃだ。
今日は、喫茶店感謝の日だった。
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今朝、初めて入った近所の喫茶店で、今日の一番客となった。思えばそれは・・・、「生涯初」だ!!
ってことでこの味わいを提供してくれた喫茶店のマスターと、今朝その扉を開けないでおいてくれた世界中のみんなに感謝だ。

外食するのは久しぶり、のような気がしたけれど、実は今月三度目だった。過去の二度ともそれは、相手にごちそうしてもらったのだった!
ってことに気づいてオモイダシカンシャだ。しかもダブルで。つまり、オモイダシカンシャカンシャだ。そしてそんな大切なことを思い出させてくれた喫茶店のマスターに感謝だ。

カルボナーラセットを頼んだ。
カルボナーラが好きなのだ。
カルボナーラを発明して広めてくれた人たちに感謝だ。
そしてメニューに採用してくれたマスターにも感謝だ。

思えばカルボナーラを初めて食したのは14歳の秋だった(と思う)。
それはコンビニのカルボナーラだった。
しかも期限切れの。
当時コンビニで働いてた母親がゲットして持ち帰ってきた品だった。
ってなわけで、その時ゲットしてきた母親に今さらながら感謝だ。許可してくれたコンビニの店長にも感謝。そして、期限切れまで買わずにそっとしておいてくれた世界中のみんなに感謝だ。

ふと気づくと、小さなアリが僕の右腕の上を散歩していた。テーブルに開いたノートの上に下ろして、歩かせて遊んでみた。アリさんと遊んだのは何年ぶりだろうか。ともかく異文化コミュニケーションだ。彼、いや、たぶん彼女だ。遊んでくれたその彼女に感謝だ。そして彼女をこのハウスに住まわせて気づかぬフリをしてくれてるマスターに感謝だ。

たまごトーストについてきた小瓶に入った塩を、コーヒーに入れてしまった。ありがちだ! コーヒーが甘くならないのは量が足りないのだと思って足し続け、海のコーヒーになるまで気がつかなかった。よく聞く話だが、初体験だった。この素敵な運命の味わいライフに乾杯。つまり、感謝だ。

結局、喫茶店には9時間半いすわった。本の原稿みたいなものを書いていたがその途中、ひらめいてまた新たな本の企画書が完成した。誕生した企画書は誰に感謝すべきか・・・。とりあえずボールペンとレポート用紙に感謝だ。ボールペンと紙を作った人と発明した人と、それが素晴らしいものだと認めてくれた世界中の人たちにも、感謝だ。

最後に、今日も死なずにうまいこと動いてくれた僕の身体と、殺さずにそっとしておいてくれた世界中のみんなと、これを読んでくれたあなたに、感謝感謝感謝だ。

ちなみに明日も感謝の日です。
by KazuFromJP | 2005-05-22 21:36 | 今日は感謝の日
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感謝記念日だ。

そう、感謝記念日なのだ。

もう一度いう。

今日は感謝記念日なのだ。知らなかった人も7人くらいいるかもしれないが、実はそうなのだ。

今日、仕事の面接があった。先日受けた会社の方が、第二次面接をしてくれちゃうってわけだ。つまり、感謝だ。

今朝、3時半に目覚めた。よく寝た。12時間も寝てしまった。僕に安眠を与えてくれたおふとんとまくらと、インターホンを鳴らさずにいてくれた世界中のみんなに感謝だ。地震を起こさずにいてくれた大地にも感謝だ。

いつも通り、午前4時前に朝刊が届いた。新聞配達の兄さんに感謝だ。

アマゾンで買った本が昨日届いてたので出品者に感謝メールを出したら2分後に、感謝メールに対する感謝メールが届いてつまり、感謝感謝だ。

コインランドリーへ行くのに自転車に乗ったら乗り心地超カンファタブゥでつまり、おとといタイヤに空気を入れてくれたチャリ屋のおっちゃんに感謝だ。

スーツ着て、ネクタイ締めたら一発でキマッてくれたドラえもんネクタイに感謝。4年くらい前にドラネク(ドラえもんネクタイ)を買ってくれた母親にも感謝だ。

面接時刻に微妙なバスに乗り、しかし自分に余裕を見せるためにこんな時こそバス共通カードを運転手から買ってみた。のんびりおつりのお札を数えて僕の余裕を試してくれた運転手さんに感謝。そんな余裕試しゲームの楽しさを教えてくれたアレックスにも感謝だ。そしてアレックスというキャラクターを『バッドラック』という本で登場させた水野敬也さんに感謝だ。そしてその本を僕が手に取るきっかけを作ってくれた、「今年、一番買収したい本(堀江貴文)」という帯をつけてくれた人に感謝だ。さらに、僕がそれを発見しやすいように目立つコーナーに平積みしておいてくれた川崎ルフロン紀伊国屋書店の店員さんに、感謝だ。

杖をついてふらつきながらバスに乗ってきたおじさんに席をゆずった別のおじさん。よき街角ムービーを見せてくれた二人に感謝。しかも無料だ!ただタダ感謝。

栄養失調気味でバス酔いしかけたので売店でリポビタンDを買う。以前150円で買ったが153円だった。100円玉と50円玉一枚ずつでは買えない店もあるという豆知識を与えてくれたその売店に感謝だ。そして面接に必要な瞳の輝きを一瞬で復活させてくれるリポビタンDと大正製薬に感謝だ。

面接。短時間だったが楽しかった。3人同時の面接。面接劇場のステージで共に力を尽くした共演者みんなに感謝だ。一緒に面接した一人と共にJR川崎駅まで歩いた。語り合った。その仕事は二人採用されるらしかったので、「また会えたらいいですね」とか言って別れた。楽しい散歩を与えてくれたその男性に感謝だ。

バス内、途中で制服姿の小学生数名が乗ってきた。カツオみたいな学生帽をかぶってた。こんなところで、カツオがカモメ第三小学校の門をかけてく映像を僕の脳に投影してくれたその少年に感謝。そして「ハイしゅっぱつしま~す。おつかまりくださ~い。」と急に甘い声に変わった素敵なドライバーにも感謝だ。

自宅最寄りのバス停で降りず、横浜駅までとある本を探しに出ることにした。横浜そごうの紀伊国屋のゲートは初めてくぐったが、低い児童書コーナーの奥が窓になっていて美しき太平洋がのぞめた。本屋の奥に窓があるなんて初めてだつまり、感謝だ。ベイブリッジが見えた確か、見るの初めてだ!感謝しなきゃだ。その本屋の奥に窓と児童書コーナーを作ってくれた方に感謝なのだ。

探してた本はなく、ルミネの有隣堂に向かう。国道をまたぐ歩道橋の上、ドラネク(ドラえもんネクタイ)が風になびき、五月の空を華麗に泳ぐコイノボリのようでカッコよかった。爽やかな風に感謝だ。老人、歩道橋の上で座り込み笑顔で、ハトにエサをプレゼントしている。いい絵だった。そんな絵をタダで見せてくれたその老人とハトたちに感謝だ。

有隣堂にも探していた本はなかった。しかし同じフロアーで今日からシャガールの版画展オープン。しかも無料。この運命に感謝だ。実はシャガール好きなのだ。シャガールははるか昔の人だと思っていたが、ほんのちょっとだけ僕と同じ時間を生きていたらしいことを知った。ほんのり不思議で嬉しい気分でつまり、感謝だ。版画展とは言うが実は、販売コーナーなのだ。販売マン、お金持ってそうな婦人に声をかけ続け空振りした後、なかなか去らない僕にとりあえずな感じでも話しかけてくれて、とりあえず感謝だ。

そのあと西口側の書店をめぐり歩いたが、探していた本は見つからなかった。しかし久々に長い時間歩いた。しかもスーツ姿で。スーツでシティーハイキングも結構悪くない。そんなことに気づかせてくれた見つからない本に感謝だ。帰り、もう一度紀伊国屋に昇り、夕方のベイブリッジを見た。曇っていてよく見えなかった。でもいい。この穏やかな午後の空気に感謝だ。目を下ろした本棚に『せんたくじゃぶじゃぶ』という気になるタイトルの児童書。しかし開くのは怖かった(購入意欲が生じる可能性が)ので立ち去った。逃げてくれた僕の意志と足に感謝だ。

バスターミナルの近く、海がほんのり見える、落ち着いたビル裏の空間を見つけた。今度読書をしにこよう。この素敵な空間を作ってくれた人たちに感謝だ。

帰りのバス内、『日本昔ばなし』の「うばすて山」を読んでいた。スーツ姿で『日本昔ばなし』をクールに読みふける僕を別の僕が、通路の辺りから立って見ていた。ヨかった。今日僕がスーツを着ることになった原因を作った人たちとそこで僕が日本昔ばなしを読むことになった原因を作ったたくさんの人たちに感謝だ。

今回のバスドライバーの声はサワヤカ系だった。みんなに感謝しすぎて疲れていた僕の心を癒してくれてつまり、感謝だ。

今日、面接に行く前にシャワーを浴びたその時、どこからともなく「感謝」という言葉が僕の頭にやってきたのだ。それから今日は、感謝記念日になったのだ。シャワーから出てきたのかな。とりあえずシャワーに感謝だ。

最後に、今日死なないようにうまく動いてくれた僕の身体に感謝だ。そして、僕を殺さずにいてくれた世界中のみんなに感謝だ。それから、途中で3回くらい読むの辞めようと思ったかもしれないけど、最後しか読んでないかもしれないけどとりあえず、これを読んでくれたあなたに感謝します。

今日は感謝記念日。
ちなみに明日は感謝の日です。
by KazuFromJP | 2005-05-20 22:44 | 今日は感謝の日
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自分の「個性」を教えてくれるのはいつでも、自分に対して「異物」である他者だ。

異物が侵入するとつい、反射してしまう。目に入ったごみのように、マンションに突っ込んだ電車の写真は「異物」として心に突き刺さり、反射が起こる。反射は十人十色。悲哀、同情、怒り、脱力、回復、その他諸々6,000,000,000種類。

今日のお昼すぎ、電話が鳴った。

一週間くらい前に履歴書を郵送していた会社からだった。もう不採用のはずだった。一週間も経っていたから。僕は昨日、すでに別の会社の面接を受け、そっちの返事を待っているところだった。

すでに別のところを受けたと話したが、こっちの面接を受けてくれないかと言われた。話す様子では、面接に来たら即採用というような感じだった。昨日受けたところは、結果が一週間後に出る。迷った。その電話で詳細を聞いてみて、諸々考えて結局、断った。

しかし今日、その人と話せてよかったと思った。その相手は小さな派遣会社のおじさんだったが、電話で僕の履歴書をやたらと褒めた。「あれだけびっしりとご自身のことが書ける立派な方なので我々としましてもぜひ・・・」とかいった感じで履歴書のことをあれこれ言っていた。まあそりゃそうだ。まだ会ったこともなく、履歴書が情報の全てだったから。

たび重なる転職で、日本社会的には汚れてしまった僕の職歴だが、ムダに履歴書何十枚も書いてきたわけじゃなかったんだと、このとき初めて思った。履歴書の左半分は老化の一途をたどっていても、右側は経験値を得てどんどん味が出てくるようだ。そのおじさんは、ハッとそのことに気づかせてくれた。

なるほどそういう見方があったか。

何枚も何枚も、面接官に向けてラブレターを書いてきた。少し前までは、しばしば嘘を交ぜて書いていた。さすがに経歴は詐称しないが、応募の理由とか、何がやりたいかとか、何をどういう気持ちで何のためにやってきたかとかそういった部分で、相手の脳内に理想の従業員ムービーを送り込む為の巧妙な嘘だ。でも最近はもう嘘をつかなくなった。何のために金が必要で、休日も必要で、何が目当てで応募したとか、嘘を交ぜなくなった。というよりたぶん、嘘を使う必要がなくなったのだろう。

それはつまり、嘘を使わなくてもそのラブレターを、納得のいくものに仕上げる技量と自信が身についたのだろう。僕は車の免許ぐらいしか履歴書に書けないが、「履歴書検定」なるものがあれば1級くらい取れるかもしれない。

まあとにかく、勘違いかもしれないがそんなことに気づかせてくれた派遣会社のおじさんに感謝だ。僕は、あんなに履歴書を褒めてくれる先方に会ったことはない。よってあのおじさんは「異物」だった。そしてそんなおじさんにとって僕の送った履歴書も「異物」であったに違いない。

異物に反射したおじさんがついうっかり電話をかける。異物によって反射した僕は自分に感動する。それが履歴書であれ映画であれ本であれ、事件であれ出会いであれ何であっても、誰かの心を動かしたり揺さぶったりする尺度となるのは、それがいかにその人にとって「異物」であったか、その「異物度」なのだろうと思う。そしてその異物は、その異物自身の異物度をアピールすることが多いが時に、実は自分の方が異物なんじゃないかと教えてくれたりする。

そんなとき人は、それを喜んだり、悲しんだりする。

そして僕は今日、喜んだ。
by KazuFromJP | 2005-05-19 02:59 | ゲーム『人間』
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先週、ある男性と初めて会い、僕らは5時間話し続けた。

初対面の相手と、よく5時間も話すことがあったものだと思ったが、振り返ってみれば最近、そういうことは結構あった。その反面、誰とも話さずに過ごす日もしばしばある。

その日会った彼とは、何度かメールで話し、お互いに何をやってるのか大まかには知っていた。僕らの共通点は以前、「東京ゲームラウンジ」というインターネットラジオの番組を聴いていたこと。平林久和さんと水口哲也さんがホストを務めていたその番組に、僕はニュージーランドからメールを送り、番組で紹介された。それを彼は聴いた。

そんなつながりの彼はいま大学生で、僕よりひとつ年上だった。彼はその番組を、入院していた頃によく聴いていたのだそうだ。

「出会い」というのは、同時進行する複数の物語の交差点であるから面白い。

僕の頭の中に、丸い地球が現れた。その地球が地球儀のように、高速逆回転して時は、2004年7月になる。太平洋の南の端っこ、ニュージーランドにズームインして僕が見える。地面に寝ている。雲を見ている。丘の上には羊がいっぱい群れている。馬もいる。実はアリもいる。その瞬間、そこからズームアウトして太平洋を越え、日本。東京辺りにズームイン。病院。クールな青年が見える。パソコンに向かい、イヤホンをしている。黙っている。

―ズームアウト。地球は順回転して2005年5月に戻る。2人の男が、横浜駅西口高島屋前で出会う。それぞれのストーリーを語る。

最近僕は、40代から70代くらいの人と語り合うことが多かった。歳が近い人と長々語り合うのは、どのくらいぶりだったろうか。人生の先輩が語る話を聞くのは好きだが、そういえばそれらは大抵、過去形の話だったなと思ったのは、彼と会ったその日だった。僕らは、現在完了進行形で語り合っていた。

現在完了進行形。

専門学校に通っていたある日、就活ナントカオリエンテーションというのがあった。僕は、その時壇上で喋ってたどこかの学科のおじさん先生の言葉が忘れられない。

「実は私は、50過ぎた今でも、映画監督になる夢は捨てていない」

その人の話によれば、古い教え子の数名が、そちらの世界でなかなかのところまで昇りつめていて、その辺りからコネクションのツルを引っ張ってくる計画なのだそうだ。その実現性はともかく、僕は名も知らぬ、何を教えているのかもわからないその先生に憧れた。その人は、現在完了進行形の、地味な武勇伝を生きていた。

この辺りの話は、一年くらい前にミクシィというとこに書いてた日記のコピーだ。「『年齢』という数字」と題して書いたその記事の最後、

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僕は、見えない誰かに遠慮はしたくない。僕に50という数字が与えられる日が訪れた時に、あの日水鉄砲で僕の心臓を撃ちぬいたあの先生が見ていたものを超えられるような夢を、僕は抱えていたいと思う。
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という感じで一年前の僕は締めている。文章を書いていると、昔の自分に出会えて、今の自分の生き方と比べられるから面白い。今の僕は、50歳の自分の姿など想像したりすることはない。あの頃はまだ、未来における「理想の年表」みたいなものが見えていた。もう、いまの僕には見えない。

「ゲーム感覚の生活」が、「味わいライフ」に移ってきた。それは、戦略性を失ったゲーム。「侘び」のゲーム。そこには、未来が必要ない。

先日、徳林寺を訪れた時、会話の中でネパール人のマニックさんが聞いた。
「夢とかって、あるでしょ?」
その畳の部屋には、世界を歩いて回り、「歩く男」と呼ばれてるKさんと、自称対人恐怖症で仕事が長続きしないというUさんがいた。
「夢・・・。」
二人は黙った。

「夢なんて僕にはありませんよ。」僕は言った。
「でもあなたは本を作るんでしょ。それが夢じゃない?」
「それはゲームですよ。『夢』だとかそんな大きなことじゃなくて、それを味わいたいからやってるだけ。叶うものでも達成するものでもなくて、そう、それは今この部屋で、この妙な4人が語り合っているのを味わい楽しんでいるっていうのと同じようなものですよ。」

僕はいま、本を作っている。仕事はない。一昨日郵送した履歴書の返事を待っている。友人に手紙を書いた。起きた時には西から陽が入っていた。ゴミを出しそびれた。キムチ焼きそばっていうカップ麺を初めて食べてみた。つまらない新聞の四コマ漫画を久々に読んでみた。やはりつまらなかった。書きかけのシャガールの模写を続けた。水墨画で描いている。弟から、B'zのパズルをもらっていいかとメールがきた。「よくなくない?」と返してみたら、醒めたメールが届いた。英語で書いているブログに、中国の人が書き込みしてくれていたので返事を書いた。日中親交に貢献した。NHKの「視点」っていう10分間誰かが喋り続ける番組を見た。今日はアメリカ人が冒頭で、"I"とか"me"とかに当たる日本語を並べ続けただけで1分くらい経過した。日本語の深さを、外国人に語ってもらうのは何かいい。

今日はそんな日。勝ちも負けも戦略もない。しかし実に味わい深い。僕は、そんな「味わいライフ」をネパール人のマニックさんに、"taste"だとか"flavour"だとかいう言葉で説明した。これは昔の人が、「侘び」とか呼んでたものなんじゃないかと最近思う。ていうかもう自分の中では断定している。味わいライフは侘び文化。

でも、今日ここに書こうとしたのはもっと違う話のはずだった。タイトルを変更した。こんなところも「味わいライフ」。こんな未来は見えていなかった。たぶん明日もこんな感じだ。現在完了進行形なのだ。よくわからなくなってきたが、わけわかんないとこまで「味わいライフ」。

そして僕のゲームはまた続く。
by KazuFromJP | 2005-05-12 04:14 | 味わいライフ