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個性のみつけかたはシンプルだ。何かに触れて、発信するだけだ。受信、そして発信。その瞬間には喜びがある。
「あ、こんなところにこんな自分がいた」
というような。

さっき、TVをつけてみると、アニメーション作家の今敏が「個性」について語っていた。こんな話をしていた。


今、「個性」、「個性」とよく言われる。
「個性を出せ」
「個性を表現しろ」
「個性を伸ばす」

そんな風に言われると、「個性」ってもともと内在されているもので、それをどうにか引き出さなければならないみたいに思われてる。でも「個性」って、何かに触れてそれを表現しようとする時に初めてつくられるものなんだと思う。


というようなことを確か言っていた。

「個性的な人」と言われる人がいる。僕も比較的言われる方だが、もともと「個性的な人」というのはいないのだと思う。「個性的な人」とよく言われる人は、常に何らかの形で発信をしているのだと思う。それは意識的にしても無意識にしてもだ。

例えば「おたく」とか「マニア」とか呼ばれる人がいる。彼らは同時に、「個性的な人」とも言われる。彼らは、他の誰かへ、よりもまず、自分に対して発信していると思う。何かをコレクションし、そこに創造される自分の物語の中に「個性」を感じ、喜びが生まれるのだと思う。

「おたく」などと呼ばれて変な目で見られている人たちも、メジャーリーグで活躍しているカッコいい日本人選手たちも、今敏も僕も、喜びを感じる仕組みというのはみんな同じようなものだと思った。自分の外側にある何かに触れて、それを何らかの形で表現しようとする時、そこに「個性」が形となってあらわれるのだ。

個性は、もともと自分に内在されたものなのかなんなのか、まあそんな定義は置いておいて、自分の「個性」が見たければまず、「何かに触れて、それを何らかの形で表現する」ことなのだと思う。

その初めの「何か」は、最近の僕の場合、「人間」だ。ある人と出会わなければ、僕は海外で暮らす自分を見つけることは出来なかった。それからいろんな人との出会いが、僕の行動を決め、言葉を生み、僕の「個性」をつくり出した。いつの間にか、僕が出会った人たちを語ることが同時に、僕自身を語ることとなった。

先日僕は、ニュージーランドで知り合った人に誘われて徳島県の上勝町というところに行き、面白いイベントに参加してきた。そこでお世話になった地元の人に誘われて来月には、名古屋の徳林寺というところで開催される、ネパールデイとかいうイベントに参加することになった。恐らくそこでも新しい出会いが、僕の次の行動を決定してくれるだろうと思う。

新しい行動に向かって動き出す時、僕はいつも楽しい。どんなにくだらない行動であっても、そこには、自分が他者とは違うのだというささやかな優越感があり、それがすなわち「個性」なのだと僕は思う。それは、250本安打だろうが、「萌えー」な人形のフルコレクションだろうが同じことだ。判断するのは他者ではなく、その本人自身なのだから。

「自分の世界を構築している」と言われる人でも、外側の世界に触れていなければ、それが稀有な世界なのかありきたりな世界なのかどうかもわからない。とにかく本を読みまくる、映画を観まくる、野球の試合を見まくる、という人も、その後に発信がなければ、好きか嫌いか、良いか悪いか、勝ったか負けたか、単にそれだけで終わってしまう。

それでも、まあ、いいのかもわからない。ただ、僕の場合はそうじゃない。受信と発信の組み合わせによる、新しい自分との出会いに最近夢中になっている。それが楽しいのだ。このウェブログという場所は僕にとって、手っ取り早い発信の場所、他者と出会っているつもりになって、自分自身と出会う場所だ。こんな世界の片隅で、僕はちっぽけな喜びを感じている。そんな姿を他人が見てどう感じるとしても、まあ、その発信の瞬間に生まれるものを、「個性」と呼んだりする。
by KazuFromJP | 2005-03-20 23:37 | ゲーム『人間』
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おととい、「はじめまして」とメールをくれた人がいる。僕のことを、あるラジオ番組で知っていて、いま僕がどうしているのか、気になっていたのだそうだ。ちょっとうれしいメールだった。

先日、徳島県の上勝町というところで薪を割ってきた。日本に帰ってきてから、僕はたくさんの人に出会ったけれど、いくつもの新しい出会いは一時的に新鮮に映るも慣れてしまえばただ僕を、がっかりさせていくものがほとんどだった。

やっぱ日本って―、日本人って―、などと外国かぶれの嫌らしい心になりかかっていた頃、ニュージーランドで出会った上勝町民からの誘いが届き、上勝町ワーキングホリデーとかいうのに参加してきた。そして行ってみるとそこには、僕と似た空気をまとった変人たちが集結していた。みんなそれぞれ固有の領域を持っていて、互いに、過去現在未来のドラマを語り合うのは、とても気持ちのよいものだった。

徳島で出会った人たちの中では、僕がニュージーランドで暮らしていたことも、野宿もチャリンコ旅行もいろんな体験も、それほど突き出したエピソードではなかった。そういう類の話を僕らは、「共感」のステージでお互いにエピソードを投げ合った。ただ、その中で僕が特殊だったのは、「ゲーム」について語りだしたことだ。

僕が、現在に至るまでのドラマを語るとき、「ゲーム」という要素を欠くことはできない。しかしそこで語り合った人たちはほとんどが、「ゲーム」という響きに対して好意的なイメージを持ってはいなかった。そこで僕は改めて、自分が「ゲーム」と向き合ってきた日々、特に、「人間」という名のゲームについて考え続けてきた日々の貴さを実感し、そこに僕のアイデンティティを認識した。

昨年10月、恵比寿。ゲーム業界でお仕事をしている水口哲也さんと平林久和さんと、3人で会食した。一年前に交わしていた約束だった。僕は、『人間』というタイトルのゲーム企画書を作って持っていった。

とりあえず向こうでの生活の話から入り、「で、これからどうする?」という話になり、僕は、とりあえずボクシングをやるつもりだと言った。それから成りゆきでホストクラブに勤めることになり、とまあそんな話をしていると、始めはただ大爆笑していたお二人だったが、その後それぞれ全く違った表情を見せてくれた。

水口さんは、いつの間にか黙り込み、何かを考え込んでいる様子だった。対して平林さんは、お酒を飲んでいるわけでもないのにかなりハイになり、笑顔が消えなかった。「何か説教された気分だよ~」と、喜んでくれていた。

そんなタイミングで、僕は例の「人間」という企画書をとり出した。大まかなイメージは、帰国する飛行機の中で完成していて、その一枚の紙切れは、その日家を出る前にさっと書きあげたものだった。平林さんはそれを眺め、苦笑し、一言、「なるほど」と言った。水口さんは、その企画書を、読んでくれなかった。「俺は、見ない。そんな10分か20分で書き上げたものなんかよりも俺は、その山中の物語の続きの方が楽しみだから」とのことだった。

しかし実は、その談笑の中で既に、企画書上に書かれたことと似たようなことをして3人で遊んでいたのだ。と、感じていたのは僕だけだったわけなのだが。

ともあれ、ゲーム『人間』を考え続ける作業は、自然と僕を、ゲーム業界から遠ざけることとなった。『人間』という名のゲームは、僕がいつか到達する目標地点、またはそれについて考えるための「目的」だと思っていたが、僕はいつからか、それが単なる「手段」として存在しているのだということに気づくようになった。「目的」というものはもっと高い次元に在って、そこに向けて伸びていくベクトルは、時に「ゲーム」であり、ニュージーランドであり、ボクシングであってもよいのだ。

ピカソは、青い絵の具が足りなくなった時、赤い絵の具を平気で代用したそうだ。それは、ピカソにとって「色」は単なる「手段」に過ぎず、表現したいことが、もっと高い次元に存在していたということだ。

僕がニュージーランドを出て、日本の社会に入ってきた時、そこに並んでいた問いは、赤い絵の具か青い絵の具か、それとも黒か緑かオレンジか、その程度のことだった。ただ、僕にも好みはある。誰かが空を青く塗るのなら、そこに緑を使ってみたくなったりするし、誰かが絶対に赤だというのなら、黄色だって構わないのだということを証明してみたくなる。

僕はいろんな人間に出会うのが好きだ。ただ、一番会いたい人間は、僕自身だったりする。それは例えば、ニュージーランドで暮らす自分だったり、ボクシングをする自分だったり、ホストクラブで働く自分だったり、上勝町で薪を割る自分だったり、「ゲーム」について語る自分だったりする。そういうたくさんの自分に出会い、好きになったら長く付き合うし、嫌いだったらさっさと別れるだけだ。

おととい、メールをくれた人とはおともだちになった。その人に宛てた返事にも書いたのだが、つくづく僕は、しあわせなフリーターだと思う。僕は大した資格も技能も持たず、仕事も長くて2,3ヶ月で転々としている。そんな僕は、「まったく、最近の若者は―」と、一色にまとめられてよく、人生の先輩みたいな人たちから説教を受けたりする。みんな、他人事に説教するのが好きなのだ。僕の周りがみんなそんなひとばっかりだったら、「あー、僕もそろそろどこかの企業に身を固めて、その道一筋で生きていかないといけないな」という風に思ってしまうのかもしれない。まあ、それの良い悪いは別として、好き嫌いで言えば僕は嫌いだ。

そんな僕が折れそうになるとき、僕の心のどこかで支えてくれるのは、あの日の水口さんと平林さんだ。僕が歩んできた物語と、その予告編を二人に話すと、「ははは、おもしろい! やれよ! がんばれよ! たのしみだな~」などと他人事だと思って好き勝手に助長する。二人は、僕の物語の主人公が、僕自身であることを確かに尊重してくれる。そんな二人のような観衆がいてくれることを思うとき、僕は、しあわせな自由人でいられることにいつも感謝する。

そして、『人間』という名のゲームと、僕の物語はまた続く。

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by KazuFromJP | 2005-03-18 11:18 | ゲーム『人間』