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「壊れたラジオ」と呼ばれるその男が店に現れるといつも、僕は彼女を思い出す。

「壊れたラジオ」

店に入ってきてそばを注文するが、食べることよりも喋ることに夢中になっている彼、正確に言えば彼らを、店のおばちゃんたちは、「壊れたラジオ」と呼んでいる。

こちらに向かってあれこれ何かモノを言い続ける。しかしそれに対して答えてみても、彼らの世界には届かない。ラジオの向こうにいるから。今日現れた60代後半くらいの彼は、不景気について喋り続けた。一昨日は別のラジオが、「競輪だけはやめておけ」というタイトルのトークを展開した。彼らは全く受信をせず、ただ発信あるのみだ。店のおばちゃんたちは彼らを迷惑がっているが、僕はそんな彼らを見るのが好きだったりする。そんな時僕は彼らの中に、3年前に道端で出会った、ホームレスの女性の姿を見る。

3年前、5月、僕は、あるゲーム会社の説明会に向かい、新宿を歩いていた。会場に近づき、横断歩道を渡ったところで彼女は突然現れ、僕に話しかけてきた。ちょうどその頃から、妙な出会いを楽しむように心掛けていた僕は、ふと立ち止まり、彼女の話を聞き始めた。

年齢は、60代半ばに見えた。前歯がいくつか失われていた。そしてその身なりから、彼女が路上生活者であることは明らかに分かった。僕はその彼女が発する言葉に興味深く聞き入り、相づちを打ちながら、頭の中はあれこれその言葉の向こう側にあるものを考えていた。彼女のトークは終始、彼女の息子自慢で展開した。タイトルを付けるなら、「わが息子、勝ち組へのサクセスストーリー」といったところだ。

その話の中で彼女は幾度も、「ねぇ、すごいでしょ? うちの息子」みたいな感じで、共感のうなずきを僕に求めた。どこの大学を優秀な成績で卒業し、どこの企業に就職し、今はエリートどうのこうので、結婚して子どもがいて、立派な家に住んでて―、という話であった。しかしその母は新宿の路上で生活している。その母親を放っておいている息子のどこが立派なのか、みたいな俗な質問というか意見を僕は彼女にしてみた。

ところが彼女は、「壊れたラジオ」だった。

僕は彼女と会話をしているつもりでいたが、彼女にとって僕は、「人形」みたいなものだった。それから僕は、発する言葉を失い、彼女の話が、傷ついたレコードのように、どこかに戻り、同じパートが繰り返されるのを、黙って聞いていた。

やがて会社説明会の時間が近づき、僕はまるで、言い訳を自分に言い聞かせるみたいに言葉を発し、その場からフェードアウトした。壊れたラジオとなった彼女を置き去りにして。

あとになって、いろんな推測をしてみた。例えば彼女には本当に自慢の息子がいたが、夢のサクセスストーリーを目の前にして他界してしまったのかもとか、その話ははす向かいに住んでいた青木さんちの息子の話だったんじゃないかとか、単なる昨日の夢だったんじゃないかとか。

でも、彼女の話が本当でも嘘でも、どこかに何らかの真実があったとしても、それは単に僕側の、「ドラマ推測ゲーム」であって、彼女自身にとってはもう、どうでも良かったことなんじゃないかと今では思う。何故なら、「壊れたラジオ」となって、「人形」の僕に喋り続ける彼女の笑顔は、とても明るかったから。

特に、傍らを早足で通り過ぎていったたくさんのビジネス仮面たちとは対照的で、いま思うとそれは、まぶしいくらいだった。そのことに関して、「ビジネス仮面よりも壊れたラジオの方が素敵」といったような結論を安易に出せるわけではない。何が良いとか悪いとか、嘘も真実もどうでもいい。ただ、僕の記憶に刻まれている事実には興味深いものがある。

それは、その直後に参加した会社説明会のこと。そのゲーム会社は当時、僕が一番興味を持っていたし、実際にその説明会も、僕が参加した他社のものと比べてもかなり工夫され、面白かった。けれど、今となってはその説明会で聞いた話や、出会った人のことはあまり覚えていないのだ。一方、その直前に出会ったあの女性のこと。話した内容、彼女の身なり、表情。それだけじゃない。その時の空の色、風の匂い、通り過ぎていった人たちが残した足おと、何だかどうでもいいはずのことまで、「とりあえず残しとけ」みたいに記憶に刻まれている。

あの日「人形」だった僕でも、ホームレスのあの女性にちょっと幸せな時を与えられたのかもしれない。そして「壊れたラジオ」だった彼女も、僕に何らかの「鍵」を確かに残した。

出会いとは妙なものだ。あれから3年が経ついま、彼女の物語は、どんな風景をさまよっているのか。
by KazuFromJP | 2005-02-23 02:14 | ゲーム『人間』
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さっき、たまたま点いてたテレビで司法改革を題材にしたドラマが始まり、気づけば、最後まで見てしまった。

「あなたは人を裁けますか?」
みたいなサブタイトルが付いてた番組の再放送だったようだ。数年後には日本でも、陪審員制度に似た、一般人が裁判員として裁判に参加する制度が始まるらしい。会社員やら主婦やら塾講師やらフリーターやら、一般市民が法廷で裁判官とともにひとを裁くことになる、という話だった。

そのドラマも、なるべく推理ドラマ風にならないように気が遣われているように感じたが、やはり最後には転結の「ドラマ」があり、見ていていろいろ考え、まあ面白かった。とはいっても、僕はその番組の主題や意図みたいなものである司法改革などはどうでもよい。僕がそこに見ていたのは、「人生ドラマ」だか「ドラマ人生」だかの面白さだ。

昨日、一年半振りに厚木に行き、昔のテニス仲間たちと会った。最近は、というか日本に帰ってきてから、何かを語ることがほとんどなくなっていたのだが、昨日は、無口だったこの4か月分ずっと喋り続けた気がした。たまたま昨日、僕の噂を聞かされたらしい友人の友人達が興味を持って集まっていたというような理由もある。

しかし、物を語るというのは楽しく、自分を知るための、何か、良い手段というか、素晴らしいものなんだな~と、改めて感じた。

普段、日記やら脳内会議やらで自分と対話している時には、ある程度の言葉を連ねておけば、あとは記号的な映像が自分の中に立ち上がって、そこから命令が出て、一件落着となる。だがそれは22年間ともに過ごしてきた自分自身だからできることで、他人と話す時には、相手の中にその映像やら世界やらを展開させるための「言葉」が必要となる。

昨日、初対面の相手に、僕がニュージーランドに行くことになった経緯や、向こうで考えたこと、いま考えていること、やっていることなどを語ったのだがその時にふと、
「僕の物語の中には、やたらいろんな人物が登場するなー」
と思った。そして、自分が出会った人の話を順々に追っていくだけで、自分自身を語れてしまうという感覚は、何だか不思議なものだった。そしてそれをひとに語っているうちに、何だか忘れていたあの人やこの人のことまで思い出されてきて、面白かった。そしてもっと面白いのは、僕の物語に登場したいろんな人物もまたそれぞれが主役の物語を持っていて、それが、今でもこの世界のどこかで継続しているということだ。

冒頭で書いた裁判員のドラマにもそれに似た、遠い物語同士がぶつかり合う瞬間の面白さがあった。まあ番組の意図とは違うわけなのだが。僕は、その世界に自分も居られるドラマや小説が好きだ。その世界の中を歩いている自分を想像できるドラマというか、例えばこんな僕が、「裁判員だったりなんかして」とか、「コンビニの店長を殺してしまったホームレスだったりなんかして」、「クビ切り部長と呼ばれる会社員だったりなんかして」、「線路に座り込んでいた人を引いてしまったことがある元列車運転手だったりなんかして」などといった想像のゲームが楽しめるような。

いつからか僕は、想像だけでなく、自分の足でそういうドラマを歩いてみるようなゲームを楽しむようになった。そんなわけでこんな僕が、ニュージーランドに住んでみちゃったりしたことがあった。またこんな僕が、野宿しながら自転車で旅してみちゃったことがあった。誰かの日記を読んで知っている人もいるかと思うが、こんな僕が、ホストクラブで働いてみちゃったりしたこともあった。帰国後この4ヶ月、ホテルマンだったり工場作業員だったり、引越し屋だったりして、今はそば屋だったりする。

僕はニュージーランド生活を終えた後も、それまでと同じようにゲーム感覚の人生を送っていると思っていた。しかし、この4ヶ月の中には、「ドラマ」が少なかった。相変わらずの激しい登場人物がそこにはあったが、僕は彼らに「自分」を語らなかったし、「彼ら」をほとんど尋ねなかった。いつの間にか、TVドラマを観るかのように、想像や推測の物語だけを楽しむようになっていた。

ここへ来て再度それるが、「ドラえもんのび太のドラビアンナイト」という映画をむかし何度もビデオで観た。そのあらすじはどうでもいいのだが、その話に、「本の話の中に入り込める靴」というのが登場した。確かピノキオだかなんかのおとぎ話の中に入って楽しんでいたのび太だったが、ジャイアンとスネ夫が、いろんなおとぎ話のページをバラバラにして一つに束ねてしまうと、そこに毒リンゴを持った魔女だとかサルとかカニとかカメとかウサギとか、いろんなドラマが交じりあって、激しい物語が一つの世界で同時進行することになった。というのは、その映画ではほんのひと場面でしかないのだが、この現実世界も実は、そういういろんなページが交じり合ったようなものなんじゃないかと思った。

時に僕は、ニュージーランド人の生活に足を踏み入れたり、ホストの世界に登場してみたり、ボクサーのドラマをやったりもする。でもそこに、僕しか存在しなかったら、ちっとも面白くないドラマだ。単なる体験ゲームだ。桃太郎でも、もし彼と鬼しか出てこなかったとしたら、ちっとも面白くない。そこでは、おばあさんは川で洗濯をしなければならないし、おじいさんは山へ柴刈りに行かなければならない。ついでにサルやらの仲間も、それぞれ順番に登場することで、それぞれのドラマがそこに生まれる。彼らもキビダンゴをもらうまではたぶん、それぞれのコミュニティの中で、それぞれのドラマを生きていたのだろう。いくら鬼を倒すためだといっても、トラにキビダンゴをあげて、3匹ほど仲間にしたりしてはいけない。きっとトラたちは、鬼退治に似た生活を普段から送っているはずだから。

というわけで(というのはちょっと強引な飛躍かもしれないが)、僕は昨日までのゲームティックな生き方を反省し、ドラマティックな生活を送ることにした。それはいまの僕の場合、記号と命令と地の文を抑え、人と自然と会話文を増やすということだ。
by KazuFromJP | 2005-02-15 04:16 | ゲーム『人間』
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僕はいま、何者なのか。
というようなことを最近よく考える。

僕は2003年の1月、三年日記というものをつけ始めた。ページが三分割され、上段が1年目、中段、下段が2年目、3年目と進んでいく、よく書店に平積みされているやつだ。3年目に入っている現在ではそこで、1年前、2年前の自分に出会うことができる。

1年前の今日、僕はニュージーランドのクライストチャーチに住み、仕事を探しているところだった。2年前は八王子の学生で、就職が決まり、ニュージーランドに行く計画をやめて、都内にアパートを探しているところだった。そして現在は横浜に住み、フリーター生活なんかをしている。

2年前、1年前のそれぞれの僕がいまの僕を見たら、どう思うのだろうか。ちょっとがっかりするかもしれないし、ちょっと喜んでくれるかもしれない。

そもそも、それまで日記帳など持ったことのなかった僕がそれを始めたのは、2年前のその頃に、僕の生活がかつてない方向に変化しようとしていて、それを書き残していくのが面白そうだったからだ。と、思う。またある日、2年間の専門学生時代にあちらこちらの紙切れに走り書きして残していた自分の言葉が、時間を置いて眺めてみるとその瞬間の自分へのメッセージのように感じられたりしたことがあった。2年前の1月、「僕の生きる道」というテレビドラマを見ていた。その中で、余命一年を宣告された草彅剛(くさなぎつよし)演じる主人公が、ビデオ日記をつけていたりした。

そんないろんな理由が入り交ざって、ともかく僕は、三年日記をつけ始めた。結局のところ何が本当のきっかけかと言われてもよくわからない。僕が何かを始める時というのはいつもそうだ。ニュージーランドに行くと決めた理由もゲームを作りたいと思った理由も専門学校もボクシングもアルバイトも、大きなきっかけが一つ二つあり、それに後付されたのか、元々考えていたのか今となってはわからない「目的」がおのおの10個くらいあった。

ともあれ今日、僕は2003年2月8日と、2004年2月8日の僕に出会った。現在の僕も含めて3人の人生は、日記を辿っていくと一本に繋がっているのに、何だか全然別の世界を生きているようでちょっと楽しい気分になる。自分の日記帳を見て独りで楽しんでいるのは、客観視をすると妙ではあるが。

2003年の僕は3日後にアパート探しをやめ、内定先の社長宛てに断りのメールを送ることになる。2004年の僕は5日後に、NZで最初の仕事を得ることになる。そして僕は今日、徳島行きの航空券を予約し、来月また新しい「鍵」を探しに行く。

2年前の今日の3日後、就職をやめてニュージーランドへ行く計画を立て直した僕が、白紙だった2004年、2005年の物語に望んだものは、2003年の僕の想像力を超えるストーリーだった。そしてそれは今、まあいい感じのストーリー展開で進んでいるんじゃないかと思う。とはいえ、2005年でそれが完結するわけじゃない。

僕はいま、他人には見せることのないその三年日記とは別に、ウェブログという、公開用の「書き残しスペース」をここに持っている。一日に5,6人しか訪れない場所ではあるが、人に見られる場所となると、僕は恥ずかしくも自分のイメージや評価みたいなものを気にして、そうそう頻繁にものを書くことができない。単なる時のひらめきや思いつきをここに書くときも、ちょっと改まってしまい、なかなか短時間でまとめることができず、結果、書くことから離れがちになってしまう。以前、「発信し続けることが大事」みたいなことを自分で書いておきながらも。

2003年の僕が、2005年の僕に何らかのメッセージを与えてくれるように、2005年の僕が何者だったのかとここに残すことが、もしかしたら2015年の僕を救うことができるかもしれないというひらめきから、今日の記事は書き始めた。これが、2015年の僕だけじゃなく、2日後の僕や、僕じゃない誰かの物語の一行にでもなればと、2005年2月8日の僕は思う。
by KazuFromJP | 2005-02-08 23:50 | ゲーム『人間』