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カテゴリ:震災救援ボランティア( 27 )
石巻に住むSさん宅で、朝にSさんが釣ったハモ(あなご)をいただいた。
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昨年お世話になった志穂さんから自転車を借りて、市内をまわった。

そしてSさん宅に、特に連絡もせずにふらっと、
元気かな、と立ち寄ってみた。

Sさんと出会った昨年の4月5日だった。
と、Sさんの奥さんがつけていた家計簿に記録されていた。
その近所で炊き出しをした際、
「この路地の奥に年配のご夫婦が住んでいるのだけれど、
津波で流れてきた車が積み重なっていておうちから出て来られないのよ」
と炊き出しに集まっていた方から訊いた。

袋小路の奥から積み重ねられていた自動車や工場のパレットや、
数メートルある長い丸太や、その他ガレキの山を乗り越えて、
味噌煮込みを届けたことを覚えている。


1年振りにお会いしたSさん夫妻は共に70を超えておられるが、
昨年と変わらず元気な姿を見せてくれた。

お茶の間の窓からは、再稼働した海辺の工場の煙突が見えた。
毎日ご主人は、その工場の煙を見て風の流れを判断し、
潮の流れを読み、早朝に釣りに出かけるのだそうだ。

ちらっと窓を覗き、
「ふむ。北東の風か・・・。今日は呼んでるな。」
とつぶやいた。
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朝3時に起きて、潮が呼んでいるときは車で海の近くまで行き、
そこから埠頭の先まで40分歩いていく。
さんまの切り身を針につけて、腰を下ろし、
静かに待つ。

震災があってから、釣りに集まる人は激減したという。
「あんな大きな津波があった後に、
釣りに行こうと思う人なんてそういないわよね」
奥さんが笑って言った。
by KazuFromJP | 2012-08-08 11:05 | 震災救援ボランティア
石巻を再訪した。
南浜町。
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津波がくる前は、住宅地が広がっていた。

津波の後、ぽつんと、一軒だけ残っていた知人の家が、
一年半経つ今、まだぽつんと、そのままそこにあった。

当時家の中は、
3階へ昇る階段の途中まで泥だらけになっていた。
震災当時、確か築一年半だったと聞いた。

昨年、住宅の基礎だけ残り、
その上にいろんなおうちの思い出が散乱していたこの場所は、
一見するとのどかな、草原のような風景に変わっていた。

知人宅は、直せば住めるけれど、
電気や水道を引くのが難しい。
この地区は、森林公園になる計画だという。
 
by KazuFromJP | 2012-08-02 08:55 | 震災救援ボランティア
宮城県の石巻に住むアキちゃんからメールがきた。
「今年も大原小にきれいに花が咲いたよ」と。
大原小はアキちゃんの母校で、
昨年、静岡から来ていたコイノボリ職人らと共に、
広い校庭をまたいでコイノボリを掲げた場所。
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そういえば、そんなこともあったなあと、
しばし思ひ出にひたった。

昨年NPOのブログに書いた記事↓

●向かい風の時ほど力強くたなびく
(め組JAPAN救援活動ブログ)


本州の中で、震源に最も近い場所に位置する牡鹿半島、
その大原浜に立つ大原小は、全校生徒数十名の、小さな学校。

一年前のその日の朝、大原小にコイノボリをぐいっと掲げた後、
大量のコイノボリを車に乗せて、
市内の小学校や保育園をまわった。

      ◆

飛び込み営業なので断られるところも多々。
しかし個人的には特に気にならず
「被災地の方々の為に!!」みたいな気持ちは全くなく、
僕はただ、校庭の空を一瞬で壮観に変える、
コイノボリ揚げそのものを楽しんでいた。

いま思えば、ああいうパフォーマンスは、
ある種の思い出づくりだったように思う。
「そうそう。そんなこともしたよね」的な。

「何かそう、よくわからないけど津波のちょっとあと、
コイノボリが学校に上がってたよね」
みたいな。

      ◆

6月に石巻を離れてから、9月に大原を再訪し、
コイノボリを一緒に上げて回ったアキちゃんとユキちゃんと会った。
月明かりの大原浜、ガレキが散乱したままの集落を背に、
人影のない防波堤の上で、波音を聴きながら3人でいろいろ話した。

その時にユキちゃんが話した言葉が胸に残った。

「ほんと津波ふざけんなって思ったけど、
でもカズ君たちに会えたことは良かったなって思うんだよね。
ああ、こういう人たちもいるんだなって。
ボランティアっつってもいろんな人がいるんだーって」

      ◆

結構手間をかけてコイノボリを上げたにもかかわらず、
上げている最中にもうすでに、
翌週下ろす段取りの話をしているのを耳にして僕は、
「何かもったいないなー。一ヶ月くらい上げとけばいいのに」
などと感じていた。

けれど、9月にその、ユキちゃんの言葉を聴いて―、
そして昨日、アキちゃんから届いたメールを読んで―、
あれでよかったんだなと思えた。

      ◆

たとえコイノボリは数日間で下ろされたとしても、
人の心の中では、永遠に泳ぎ続けるコイノボリもある。
そんなことを思った。


そして今振り返って、改めて思う。
ああ、楽しい時間だったなあ、
と。

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by KazuFromJP | 2012-05-03 21:28 | 震災救援ボランティア
昨年震災があって、
3月から6月まで宮城県の石巻に行っていたのだけれど、
帰ってきてからぼちぼち書いていくと言っておきながら
ほとんど書けないままもうすぐ1年。
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僕が石巻で深く関わりをもった「とようら」という、
ご夫婦で営んでおられる焼きそば屋さんがあった。
震災後、ずっと営業ができる状態ではなかったのだが、
今月8日、11ヶ月振りに営業を再開しましたと、
嬉しいお電話をいただいた。

僕はNPOの中で活動していて、
NPOのブログを活動していた頃に何度か書いていたのだが、
「とようら」のオープンにあたって、
あの頃のことを書いて欲しいと頼まれたので、
久しぶりにそちらに寄稿した。

自分のブログではなかなか書けない長編をつづったので、
ここに紹介しておきたいと思う。





ようやくひとつ、何だか気持ちの整理が出来た気持ち(?)と同時に、
大変だったけど、あの仲間と過ごした時間は、
本当に楽しかったなあと、写真を選びながら思い出に浸った。

またエネルギーが沸いたら、
向こうで経験したあの頃のことを、少しずつでもつづっていきたいと思う。

そしてもう少し暖かくなったら、
とようらさんの焼きそばを食べに石巻に行きたいと思う。

ありがとう。
振り返ればあれから11ヶ月、無事に生き延びてこられたこと。
たくさんの仲間や通りすがりの人たちに助けられたこと。
しあわせだなあと思う。
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そんな日々を胸に抱いて、
明日からも生きてゆこう。
 

by KazuFromJP | 2012-02-25 02:58 | 震災救援ボランティア
無事に春日部に帰ってきました。
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とりあえず、ボランティア活動は一区切りにしまして、
また毎日一生懸命働きます。

石巻には、自分が植えたひまわりの成長を見に、
また8月に行きたいと思います。

いろいろあったことはまた
少しずつ書きます。


今日からも毎日感謝の日。

ありがとう。
by KazuFromJP | 2011-07-02 12:07 | 震災救援ボランティア
石巻市に戻ってきて3日目。
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とりあえず雑記。
今日はいろいろまわった。

長くいるといろんなつながりが生まれてくる。

震災直後から、地元住民の方から再開して欲しいと強い要望のある
とある焼きそば屋さんの支援を継続しておこなってきた。

大きい鉄板が手に入ったが、
そこのおばちゃんとしては少し大き過ぎる。
あと少し小さいサイズのだったら・・・
けどせっかくいただいたし・・・

そこで思い出す。
3月の終わりごろ炊き出しなど支援していたおうちの主人が
鉄工所の社長さんだった。

電話してみる・・・

「OK・OK!カンタンかんたん」
「費用?いっからいっから。持ってくるっちゃ」

ありがたい。


その焼きそば屋さんが取引していたのこだわりの製麺所。
津波で工場のラインがやられてしまった。
4月に製麺所の社長さんに会ったときには
あとひと月くらいでなんとか仮のラインが整うと言われていた。

電話してみる・・・

「まだ少しかかってしまっているのですが、
15日頃までにはなんとか―」
「麺ですか?ボランティアのみなさんには本当にお世話になったので
もちろん無償でお渡ししたいと思っています」

yes。ありがたい。


変なアート的集団が埼玉にいて、
彼らのプロジェクトができそうな避難所を探して欲しいと
たまたまのご縁で依頼されていた。

そんなわけで午後は小学校の避難所などを数件回った。
面白いプロジェクトなのだが中高年には理解されがたい。
渋い顔をされる。

しかし子どもたちの食いつきはよい。
たまたま知り合いの男の子が避難所にいたので、
資料を見てもらう。

小さな人だかりができた。
なんだかうまくやればうまくいきそうな気がした。

ありがたい。


アート集団絡みで、
地元の高校の美術部などに話を持ちかけようとひらめいた。
そして以前知り合った地元の高校のOGにツテはないか朝頼むと、
夕方には美術部の顧問の先生をすぐに紹介してくれた。
その僕の友人の友人の妹の美術の先生を。

ありがたい。

明日空き授業の時間にお会いできる約束をしていただけた。


そんなこんなで人のつながりに感謝の一日。
どうもありがとう。

今日も僕は元気です。
by KazuFromJP | 2011-06-03 00:19 | 震災救援ボランティア
このブログをひそかに読んで下さっている皆さま。
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ご心配おかけしました。
僕は無事に生きています。そして、
5月21日の朝、無事に埼玉県春日部市の実家に帰ってきました。
3月22日から宮城県石巻市に行っていたので
ちょうど2ヶ月間の活動期間でした。

そして今週末からまた1ヶ月ほど石巻に行ってきます。

帰ってきてから何となく体が重く、
単なる疲れと精神的なものかと思っていましたが
一昨日発熱し、微熱が続いていますが何とか落ち着いてきました。

野口整体的には、
風邪は上手く経過させることで
身体が整えられるので静養しつつ、
野口晴哉氏の本を読みながら経過を追っています。

     ◆

3月に震災があってから、
整体協会の本部道場で先生のお話を聞いたところ、

「避難所では恐らく風邪はしばらく流行らない。
被災された方の多くが風邪をひけるようになるのは半年ほどしてからです」

と言われた。

過度の緊張状態にあると風邪はひけない。
気が緩んだときに初めて風邪はひけるのだと野口整体では教わる。

「私は風邪は病気というよりも、
風邪自体が治療行為そのものではなかろうかと考えている」
「自然な経過を乱しさえしなければ、
風邪をひいた後は、あたかも蛇が脱皮するように
新鮮な身体になる」
(野口晴哉著・『風邪の効用』より)

     ◆

現地にいる間は、とても落ち着いて何か書けるような
静かな心の状態になることはできなかった。

このブログも、
所属しているNPOの活動報告ブログも書いたりしていたけれど、
いつも何かに追われているような感じだった。
日常生活で追われるものと言えば「時間」だけれど、
「時間」に追われていたわけではなく、
心の拠りどころがないまま、
戻る場所が無いまま、惰性で毎日過ごしていたようだった。

自分たちと被災地の方々の、衣・食・住のことに精一杯な日々。
そのときは、それでよいのだと思っていたけれど。



ともかく、
落ち着いて心の声が聴ける状態に戻れたこと
健康な身体があること
帰る場所があること
みんなおのおの元気なこと
元気じゃなくても未来があること
ありがとう。

今日も感謝の日。
by KazuFromJP | 2011-05-26 18:53 | 震災救援ボランティア
炊き出し中のお寺で見上げた空。
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被災された方の辛さや苦しみ悲しみを、
本当の意味で分かち合うことはできないかもしれないけれど、

美しいもの、やさしいもの、楽しいことを共に、
分かち合っていけたらいいなと、
光の輪を見上げながら思いました。
by KazuFromJP | 2011-05-03 23:29 | 震災救援ボランティア
知らなかった。
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こいのぼりを掲げる作業が、
こんなに楽しいものだとは。
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津波の被害が大きかった牡鹿半島にある大原小の卒業生3人と数名で、
大原小と貞山小の校庭にこいのぼりを掲げました。

向かい風のときほど力強くたなびく。
復興の象徴。


ありがとう。
by KazuFromJP | 2011-05-03 01:04 | 震災救援ボランティア
とりあえず僕は今日も元気です。
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テントを張っている専修大学から橋を渡って毎朝現場に向かう。
橋を渡っていつも通る十字路に「すきや」があって、
石巻に来たときには津波でドロだらけだった。

毎日横を通っていた、当たり前のように閉店していたお店が今日、
オープンしていた。

店員さんが駐車場でノボリを一生懸命に振っていた。
「営業中」の旗。

夕方、帰りが遅くなると、
看板に電気を照らしているお店も出てきた。

大きなマンションの廊下の電灯が灯されていた。

なんだか、よくわからないけれど、
明かりが点いているところを通り過ぎるだけで、
歓迎されている気持ちになる。

節電も大事だけど、明かりも大事。
心に明かりが灯る感じ。

よくここまで戻ってきたなあとしみじみ思う。
津波前のこの町を見たことはないのだけれど。


飲食店が開いてきたらきっと、
炊き出しは営業妨害になるなあとふと思った。

明日は、以前炊き出しを継続して親しくなった地区の
通りのお片づけに行ってきます。

日々被災地の状況は変わっていて、
先週必要だった支援が、今週には不要になる。

水道・電気・ガスの復旧が遅れているところを優先して支援したい
というのはあるけれども、
いちボランティアが考えすぎても動けなくなるだけだなあと
最近毎日のように考えている。

とにかく、その場で必要とされているところに行って
役に立つ事をやり続けたいと思う。

知覚動考。
知ったことを覚えながら動きながら考えよう。


ありがとう。
今日も充実した一日でした。
60点。
by KazuFromJP | 2011-04-30 23:36 | 震災救援ボランティア