味わいライフ感謝の日
味わいライフ。
そんな答えに行き着く。
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得ることを一度忘れ、
与えることが喜びだと考えて動く。

金も名誉も評価も好意も得られないことを前提に動き、
そこに味わいの喜びを見つける。


けどそれはボランティアではなくゲーム。


こう思われたいとか
こうありたいとかいう
なりたい自分像は
イマドキの若者なりにある。


でもそれを越えられたら、
もっと楽しくなることもわかっている。


得たい欲に隠れていても
人には、
単なるキレイゴトではなく、
大きな与えたい欲がある。


きっとそれが、
一度「求めない」心になることで明確になるのだと思う。


こうありたい自分を
とりあえずスミッコに寄せといて、

これを与えたいという自分を
いつでも明確にイメージしておきたい。


ときどき考えるヒントをもらっている、
山田ズーニーさんはこう言っていた。

私は、高校生への小論文教育を通してつかんだ、
「人が自分の頭でものを考える」という
圧倒的に面白い世界を
もっともっと多くの人に伝えようと思って、
会社の外へ出た。


(ほぼ日刊イトイ新聞より)

僕は、小・中・高・大・サラリーマンのレールから外れて
見ることのできたたくさんの、
「職業名」や「収入」「住居」だけじゃ分けられない人生のサンプルが、
どれも正しく美しく、面白いことを、
どんなカタチであれ多くの人に伝えられたらと思う。

今はそれが、
こうありたい自分を排除した上での与えたいことで、
やりたいことだと思う。


それを目的としていれば手段は、
本当は何だっていい。

けど、その手段選択に、
「こうありたい自分」や
「こう見られたい自分」、
「こう思われたい自分」が介入してきて、
本来の目的が霞む。

また、目的へ直行することを恐れて足を止め、
経験値を稼いでアビリティを得ることに力を注いだりしている。

ボクサーを目指す人が、
グローブに手を入れる前に20年間走り込んでも仕方ない。



少なくとも成長は約束されている世界で、
味わいライフという開き直りの言葉をもって、
モノを求めず名声を求めず、
自分の中にある与えられるものを、
与えたいものを、
自分が与えたいと思う人たちに、
与えてゆく。
発信してゆく。

ビジネスにする必要なんかないし、
何かを得る必要もない。
勝手に成長するだろうけど、
成長する必要もそこにはない。


でもきっと、
素敵なことが起こる。

それは味わいライフ。


ありがとう。
今日は味わいライフ感謝の日。

発信継続はふりだしに戻って1日目。
人生継続はふりだしに戻るはずもなく順調に9127日目。
松戸1Kの室内は28℃。

今日もついてる。
明日もついてる。
明後日は知らない。

Today is a gift.
Tomorrow is mystery.
The day after tomorrow is known by nobody.
by KazuFromJP | 2007-08-10 05:08 | 今日は感謝の日
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