感謝交換ゴッコ
昨日の夜、Uさんに電話した。
「Uさん、カネは、用意できましたか?」
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「いやぁ、ちょっと・・・。」
「仕事は見つかったんですか?」
「いや、ちょっと・・・、まだなんですけど・・・。」

Uさんと僕が出会ったシチュエーションは、妙なものだった。たぶん同じシチュエーションで出会った人はほかにあと、4人くらいしかいないんじゃないかと思う。

4月の初め、僕は名古屋の徳林寺に一週間くらい滞在していた。花まつり週間ということでいろいろ忙しく、地球上のいろんなところに潜んでいる徳林寺仲間が、それぞれの都合がつく限りそこに集い、そしてまた去っていった。

その時期の夕食は、本堂に隣接する長細い部屋で、みんな一緒に食べていた。あの日は確か、30人弱がズラリとざぶとんを並べて、いろんな言葉で話しながら、ガヤガヤ食べたりモグモグ喋ったりしていた。

そんな時ふと、本堂のほうで物音がしたような気がして僕は、席を立って、暗闇に包まれた本堂の様子を見に行った。

暗くてよくわからなかったが、閉めていたはずの戸が開き、畳を浮かべる差し込んだ明かりの中にひとつ、人影が伸びていた。
「あのぉ、こんな時間にすみません。」
若い男の声がした。
「はい?」
彼が口を開くまでの数秒間、僕はこの寺の関係者が何かしているのだと思っていたのだが、そのセリフは明らかに、部外者の証明をするものだった。

「座禅を・・・、させていただきたいのですが・・・。」
「え?」

それが、僕とUさんの出会いだった。


その後いろいろあって、出会いから2ヶ月たった昨日、僕はUさんに電話した。冒頭の会話の続きはこんな感じだった。
「僕は、長かったんですけどついに、新しい仕事みつけましたよ。ちょうど金曜日から働いてます。夜勤なんですけど、深夜手当てのおかげで時給が結構いいんですよ。」
「"夜勤"ってなんか・・すごい会社みたいですね。すごいなあ。」

中略

「いや、でもホントに電話くれてありがとう。」
「いや、僕はUさんの力がぜひとも必要なので。それにWさんもぜひ、Uさんに来てほしいって言ってましたから。お願いしますよ。名古屋から徳島まで夜行バスで、往復1万1800円なんで、まあ1万5000円あったらなんとかなりますよ。」
「そうか・・・、じゃあ何とかしてみるよ。」
「本当ですか? お願いしますよ。」
「うん・・・。徳島、行ってみたいし。でも、こういうの初めてだから、難しいかもしれないけど。」
「じゃあ僕は先に自分のバスを予約しとくんで、今度の金曜辺りまでにどうするか連絡ください。」
「わかった。本当にありがとう。電話くれて。本当に嬉しい。」
「いや、Uさんに協力してもらったら僕の計画がうまくいくんで、よろしくお願いします。」


僕は、本作りプロジェクトの為に、以前訪れた、徳島県上勝町というところに行ってくる。さらにそのプロジェクトを面白くする為に、以前名古屋の徳林寺というところで妙な出会いをしたUさんに同行してもらおうと思い、アプローチをしていた。

Uさんが最終的に同行できるかどうかはともかく、昨夜の電話でUさんは僕に、やたら感謝してくれた。何度も、「本当に電話くれてありがとう」と繰り返した。僕は、勝手に向こう側のストーリーを推測する癖があるのでその時も、もしかしたら家族とケンカとかしててきまずい雰囲気に僕の電話が水をさしたのかもとか、大事に育ててきた金魚のピエールがちょうど天に召されて、ブルーになっていたのかもとか、「オレはもう生きてる価値なんかないんだ」とか考えて、悪いクスリを飲もうとしてたのかもとか、まあそんなこと考えても所詮は僕の味わいライフでしかないんだけど。

ただ、僕が面白いと思ったのは、自分のエゴで行動した僕が、誰かに感謝されてしまったということだ。さらに、「ぜひ行きたい」と言ってくれたUさんの言葉が、「というわけでUさんに感謝だ」というセリフを僕の心に作らせたこと。お互いに自分に好きなようにしようとしてるだけなのに、お互いに感謝し合う、他者から見たら気持ち悪いか清々しいか、そんな関係を僕らは電話で構築していた。

突然だが僕は、「世のため他人のため」に生きてる人が、とても嫌いだ。

僕と似た考えというか、似た性格の人は気がついていると思うけれど、もし僕が、「Uさんの人生のために、Uさんを連れて行こう」と思ったり、Uさんが、「本当は行きたくないけど、キミのためにまあしょうがないから」付き合おうとか考えたりしてたら、お互いに感謝するどころか、お互いに感謝を強要させられてるような気分になり、感謝交換ゴッコなんかやってられない。

感謝の世界は奥が深い。

けっこうみんな、ひねくれ者なのだ。僕は最近、趣味でいろんなものに日々感謝したりして遊んでいるのだが、「感謝しろ」と強要されてるようなものとか人とかには、感謝したい気持ちがちっとも湧かなかったりする一方で、ただ何となく、それぞれみんなが自分の為に何かやってて、それがたまたま僕をシアワセにしてくれてたりするものには、何だか非常に感謝したくなってしまうのだ。

それは何だか、「勉強しろ」と言われるとやりたくなくなるのに、「勉強するな」と言われると何だか、勉強したくなってしまうことによく似ている。

その、ひねくれたところに、深い味わいや趣が凝縮されてたりなんかして、面白い。

そしてそんなことに気づいたりして楽しんでいるとまた、誰かに感謝したくなってくる。今日はとりあえず、いま僕の脳を働かせ続けている、お昼のカツ煮定食を作ってくれた食堂のおばちゃんに、感謝だ。
ああそういえば、明日も感謝の日だな。
by KazuFromJP | 2005-06-07 05:31 | 今日は感謝の日
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