野口裕介先生感謝の日
今月3日、整体協会の本部講師を務めておられた
野口裕介(ひろすけ)先生が亡くなられた。
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7日に行われた告別式に参列し、
お別れを告げてきた。

享年62歳。
野口整体の開祖である野口晴哉先生の死後、
二代目として、38年間、整体協会を牽引されてきた裕介先生。

「なぜいま?」

と、訃報を聞いてから無限ループし続けていた
自問の声を抱えたまま参列し、
玉串を捧げてから狛江の駅へ向かう途上の池で、ふと足が止まった。

岸辺にしゃがみ、林の中で穏やかにゆらめく水面に目を落として、
現実感のない現実を、リアルに見つめようと、
先生のこと、自分の現状、周囲の人のこと、これからのこと、
考えていた。

      ◆

僕の目から見た裕介先生は、
猫のような人だった。

のんびりしていて気まぐれで、
自分のテリトリーみたいなものに他人を寄せ付けないところがあって、
何を考えているのかよくわからない。
(僕なんかが先生の考えてることを理解できたらそれも問題か―)

陽だまりの中の暖かく包み込むような空気と、
人から距離をおこうとするような孤独感を併せ持ち、
「孤高清冽な生涯を送りました」と書かれた告別式の挨拶文、
その「孤高」という言葉がピッタリな人だったと思う。

      ◆

僕は、そんな裕介先生が嫌いだった。
毎月の講義でいつも、心の中で反発しながら、
心理学から学んだ手法を駆使して自己分析して心落ち着かせつつ、
その反発のエネルギーを学ぶ力に変えていた。

「僕が講師だったらこういうやり方はしない」
「自分が先生だったら―」

などと反発する力は、
自分が将来目指したいカタチを明確に思い浮かべるための
ある意味道しるべになっていた。

      ◆

誰かに対して「悪口的なもの」が湧いてくる時、
その心を注意深く分析することができたら、
自分が本当に求めているものが見えてくる。

ユング心理学でいうシャドーの見方でいうと、
「男に媚びる女にイラつく女性は、
本当は男に媚びたい自分を抑圧している」
ということになる。

例えば僕が裕介先生の代わりに講師だったら、
「誰か参加者の中で、自分の話に飽きている人はいないだろうか?」
「ちゃんとこの説明で伝わっているだろうか?」
「みんな楽しく学べているだろうか?」
「時間配分大丈夫か? もう15時回ってるが、
 実習の時間は・・・十分とれるか!?」
など常に気になって仕方ない。

      ◆

で、その辺りのことを全く気にしてない(たぶん)ような先生だったから、
そこに僕は反発しており、
その反発は権力や能力に対する劣等感であり、
また、本当は人目や好感度を気にせずのびのび振舞いたい
という、常日頃自意識過剰気味な僕の感情の抑圧でもあったと思う。

そんな僕のちっぽけな劣等感は、向上心の裏返しでもあり、
先生の存在を通して、
僕が人に教える立場になったときに何を大切にしたいか、
それによって明確にわかり、
自分らしさ、裕介先生らしさ、という境界線を引くことで
「今この講義から学ぶべきこと」
に集中し、地に足着けられたような気がする。


裕介先生が大切にしていたのは何だったのだろう?
それはきっとこれから、
僕なりに裕介先生の残した足跡を追いかけながら
僕自身の中で見出していけばよいもので、
客観的な真実はないのだろうと思う。

      ◆

今年の2月に、本部道場の三階で、
裕介先生と一対一でお話をするお時間を設けていただけた。

自分が目指したいものを素直に伝え、
先生の考え、これからのこと、それぞれをぶつけられた
最初で最後の時間となった。

その時された、裕介先生からの頼まれごと、
それを僕はお断りしてしまった。

「僕が整体と同じくらい大切にしている心理学の講座が
今年の9月に終わりますから、
少なくとも9月まで待ってほしいです」

とお伝えしたところ、

「9月では遅すぎる」

と先生は答えた。

先生は、9月が来ないことを自身で感じておられたのだろうか?
そんな超能力レベルのことはもちろん、
凡人の僕が考えてもわからないことだし、
お断りしたことに後悔もしていない。

けれど告別式にて、裕介先生が毎日くぐっていたであろう
野口家の立派な門を見上げながら、
先生の期待に応えていた場合の、
在りえない自分の未来をただ僕は無駄に妄想し、
存在しなかったはずの、先生との思い出に浸っていた。

      ◆

今月6日、本来なら月例の講座がある予定だった。
今回は講座の前に、
小さなお茶会を開いて下さるとのことだったので、
僕は裕介先生に、この半年間のことをぶつけつつ、
先生のこれからのビジョンを訊いてやろうと意気込んでいた。

けれどその日はやってこず、
6日は、先生のお通夜の日となった。

「なぜいま?」

先生の訃報に、悲しみは沸いてこず、
喧嘩相手を失ってしまった悪ガキのような、
エネルギーのぶつけどころを無くして空回りし続ける
空しさが心を支配していた。

(ピンポイントな世代しか分からない例えだが
90年代の漫画『幽遊白書』に登場する
浦飯幽助を事故で亡くした桑原和真のような気持ち)

      ◆

先代の野口晴哉先生はたくさんの著書を残されたが、
裕介先生の言葉は、講義録の中にだけ綴られている。

晴哉先生は、整体の道をゆく中で、
「患者の治療」から「患者の自立のための教育」へと
方針を転換されたと、著書の各所に書かれている。

裕介先生は、いつかの講義の中で、
「私はただ、父から渡された伝統をそのまま
後の世代へ語り継ぐことが、私の役割だと思っている」
とおっしゃられていたとおり、
ただただ、整体協会会員の、「自立」を「教育」していたように感じた。

      ◆

自分の身体は自分で整えること。
自分の運命も自分で切り開くこと。

一貫してたぶんそのことを大切にされていたんじゃないかと
僕には感じられた。

裕介先生はカリスマになろうとしなかった。
たぶんカリスマを育てようともしていなかった。
ただただ、その人がその人らしく生きる道を見つけるための、
手助けだけを淡々とされていたのではないかと僕は思った。

      ◆

人に好かれようとしていなかったし、
世間の注目を集めようともしなかった。

離れていく人は自然と離れて自立したと耳にしたし、
集まる人とも適度な距離を保って、依存させようとしていなかった。

どこまで先生が考えていたのかはわからない。
ただ僕の目には、猫のように映っていた裕介先生は、
のんびりで、気まぐれで、孤高のプライドを保ち、
適度な距離から人からの眼差しを集め、
何の前触れもなく静かに、この世を去った。

      ◆

いま困っている人は困っているのかもしれないけれど、
「困るときは困るのがよろしい」
とでも晴哉先生なら言うだろうか。

この先どうなっても、
僕のやることは変わらない。

30年後に僕の前にいる人に対してやれる最善の行動を、
今日、淡々と続けていく。
明日、僕の前にいる人に対してやれる最善の行動を、
今日、淡々と続けていく。

30年後にいなくなっている先生方への媚びを捨てて、
ただただ未来の自分とクライアントのために、
学びを与えてくださる先生のもとへ足を運ぶ。
書を読む。実践する。

そして明日出会う人が少しでもハッピーであるように、
自分の心を整えてゆく。


環境がどう変わっても、世間がどうあっても、
結局は自分がどう在りたいか。
それ次第。
そのことを、改めて自分で確認する機会を
与えていただけたことに感謝したい。

      ◆

「なぜいま?」

その答えを自分なりに見いだし、
新たな一歩を踏み出してゆく。

裕介先生、その眼中に僕が入ることはもうないのだけれど、
何とか眼中に入ってやろうともがき反発し、
空回りしていた未熟な自分を抱えたまま、
いつか天国から見つめる裕介先生の眼中にでも留まれるように、
日々努力して自分の道を歩みたい。

      ◆

●裕介先生から得たもの学んだものまとめ

・強い愉気の涼しさ
→何度か講座の際に練習台になって受けた裕介先生の愉気は、
 細い滝が貫いてゆくような涼しさがあって、
 それは他の先生では感じたことのない独特な、清々しい愉気だった。

・自立心
→学ぼうとするものをどこか遠ざけるような、
 でも遠ざかるものは追いかけたくなる的な何か。
 世話焼き的な自分とは対照的なもの。 

・先生の長話による正座の耐久性
→実は僕にとってこれが一番大きい。

・その他もろもろ
→講義の中で、夢うつつに聞いていたお話の断片が、
 今後の日々の中で思い出されてゆく気がしている。

      ◆

野口裕介先生、嫌いだったけれど、
ただただ感謝ばかりが浮かんでくる。

ありがとう。
今日は、野口裕介先生感謝の日。

合掌。

池の水面が、
穏やかにゆらめいた。
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by KazuFromJP | 2014-08-10 10:48 | 野口整体一年生
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