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この世界は素晴らしい。
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最近毎日のようにそんなことを思う。

今年に入ってから、
「モーニングページ」というのを毎日書いている。

「モーニングページ」とは起きてからすぐに、
とりあえず頭に浮かぶままにペンを走らせ、
ノート3ページを埋めていくという作業である。

書く内容は何でもいい。

これが、すごい。


3ページ埋められていたのは最初の数日間だけではあったが、
1ページでも、3行になっても、とりあえず続けてることで、
何だかいい感じなことになってきている。

なんて書いても全然伝わらないけれども。


そもそも「モーニングページ」は、
ジュリア・キャメロン著『ずっとやりたかったことを、やりなさい。』
(原題『The Artist's way』)
の中で紹介されていた「基本ツール」の一つである。

「モーニングページの目的とは?」と訊かれてジュリアさんは、
「向こう側に行くためです」と答える、とある。
向こう側とは、われわれの心の中にある恐怖や否定性、気分の向こう側。


僕は262ページあるこの本の、30ページ足らずまでしか読み進めていないが、
そこまで来た時点で本はとりあえず本棚に寝かせておいて、
「モーニングページ」を毎日書いてきた。

書き始めて2週間して、僕はすごいことができるようになっていた。

それは、
一週間毎日ランニングを続けること。
毎日使った金額を記録すること。
毎日、師のブログを読んで学ぶこと。

3日続けて、2日さぼって、またやって・・・の繰り返しは何度かあるけれど、
一週間淡々と続けることは、
今までの僕にはなかなかできないことだった。


あんまり自分ができるようになったことを披露すると
この先良くないという事を僕は知っている。
だからまた密かにこれらを続けていきたいと思う。

モーニングページを続けていると自然に、
感謝の言葉がノートに増えていく。
日々惰性で流されていくと気づかないこと、
忘れてしまうことを、モーニングページは思い出させてくれる。


本当に、どうもありがとう。
素晴らしきこの世界とモーニングページ、
ジュリア・キャメロンさんと、ジュリア・キャメロンさんを育てたたくさんの方々。

そして、今日も僕を支えてくれたたくさんの人たち。
どうもありがとう。

今日はモーニングページ感謝の日。
最近はモーニング娘。の曲を聴きながら走っている。


今日も60点。
by KazuFromJP | 2011-01-24 04:08 | 本に感謝の日 | Comments(0)
時は2011年。
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今年もよろしくお願いします。


今日は、僕の大好きな田坂広志さんの出版記念講演会が新宿であった。
が、僕は行かなかった。
そして、充実した一日を過ごした。
そんな味わいライフありがとう。

最近は、直観と反応の区別について考えている。

     ◆

僕は「直観」という行動指針のもとに、ここ8年ほど生きてきた。
就活中に出会ったゲームプロデューサーの水口哲也さんが、
パウロ・コエーリョ著『アルケミスト』を紹介してくれた。
その中に出てきた賢者が確か、主人公の少年に、こんなこと風なことを言っていた。

「君が何かを実現しようと望んだとき、
何かその、前兆が現れることがある。
その前兆を逃さずに、直観を信じて行動しなさい。
そうすれば、世界は、君の思いを実現しようと動いてくれる」

8年前に読んだのでだいぶ違っているとは思うけれど、
僕が受け取ったのはこんなようなメッセージだった。
水口さん、パウロさんありがとう。

     ◆

それからは日々、「前兆」らしきものを信じて行動しまくった結果、
いろいろ楽しいことが起こったので、
僕はそれをアクティブフィーバーと名づけ、
やっぱ直観だよなーと、何も疑わずにアクティブな日々を送ってきた。


けれどその直観は、その「直観」だと思っていたものは、
果たして本当に自分の心の奥底からの直観なのか、
昨年秋ごろから疑ってみるようになった。

     ◆

それは直観ではなくて、
単なる外部の刺激に対する「反応」ではないのか。

スティーブン・コヴィー著『7つの習慣』の中で、
コヴィー博士は、主体性を発揮するためには、
外部からの刺激に対して反応的にならずに、
自分の感情を選択することが大切だと言っていた。

「刺激と反応の間にはスペース(選択の自由)がある」

という言葉は、名言だと思う。
例えば、
「車の運転中に、強引に割り込まれた」という「刺激」に対して、
すぐにプンプンと反応してしまう人は、
人生を主体的に生きていないということになる。

「強引に割り込まれた」という「刺激」に対して、
僕たちはいつだって、自分の感情を主体的に選択することができるはずだ
というのがコヴィー博士の考えだ。(と、僕は解釈した)
コヴィー博士ありがとう。

     ◆

社会には情報が溢れている。
「田坂広志出版記念講演会」もそうだ。

今までの僕なら、
「田坂広志=好き→行く」
という流れであったはずだった。

ちょうど今日はオフだったので、
これは出会いや成長や、新しい扉が開く「前兆」に違いないと信じて、
行動していたはずだった。
昨年までの僕だったら。

     ◆

しかし、2011年の僕は違った。
「確かに田坂広志さんは好きだが、
本当に今、このタイミングで、話を聴きたいのか?」

この自己への問いは、
先日読んで感銘を受けた亀田潤一郎著『稼ぐ人はなぜ長財布を使うのか』の
亀田氏のバーゲンに対する考え方をモデリングさせていただいた。
亀田さんありがとう。

亀田氏はバーゲンには行かず、
ポイントカードも持たないそうだ。
バーゲンに行けばそのお得感に惑わされ、
本当に心から欲しいものではないものまで買ってしまうからというのがその理由。
ポイントカードも、持っていると、
せっかく持っているのだから買い物をしよう、DVDを借りよう、
期限が近いから買い物をしよう、という、周囲に踊らされた行動をしてしまいがちになる。

コヴィー博士の言うところの反応的な人生を送るパターンだ。

     ◆

そう。僕は確かに田坂広志が好きだが、
今日の講演会に行きたいというのは
僕の本心ではなく心の表面的な暗示による幻覚的な欲求だと僕は思った。

人はよく、自分にレッテルを貼って行動してしまう。
「田坂広志=好き」というレッテルを自分に貼り付け、
それをステータスのように大事にする。

そしてそのレッテルに合わせた行動をとるのが自分らしさだと勘違いして、
自分の本心の声に無意識に耳をふさぎ、
「直観」という名のもとに反応的な行動をとる。

     ◆

さらに、今までの僕の行動パターンには特に、
行動自体に意味を持たせているパターンがあったように思う。

かなりややこしい話になるのだけれど、
僕は『アルケミスト』や、直観を信じなさいとアドバイスをくれた水口さんに感銘を受けた。
そして直観を信じて行動をしていく自分に陶酔し始め、
「直観→行動」というパーソナリティを自分のレッテルとして貼り付けた。
そういう自分の行動を、友人も恩師らも楽しみにしてくれたので、
それに応えようともしながら、
直観に従って行動を起こしまくるのが自分らしさだと勘違いして、
自分の心の核にある本当の欲求が見えなくなっていた。

     ◆

そんな僕はここにきて、
ようやく心の奥底の、自分の本心と向き合うことに成功した。(と思われる)

ありがとう田坂さん。
きっと僕が田坂さんに本心から会いたいと思ったときにまた、
講演会や何かで、お目にかかるタイミングがくると僕は信じている。
それこそが、直観なのだろうと今の僕は思った。

     ◆

そして今日は新宿に行かずに、
整体の本をたっぷり読み、自由が丘の先生のもとに通った。

そして深夜、近所のマクドナルドにパソコンを持ち込み、
こうして感謝大会東アジア予選2011の、1回戦を迎えられた。

どうもありがとう。
今日は、直観と反応感謝の日。


「文章は短く簡潔に!」という心の教師に採点され、
今日も60点。
そんな味わいライフ2011。
by KazuFromJP | 2011-01-20 04:53 | 深く考えたシリーズ | Comments(0)