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昨日、一挙に2倍に増えたカウンターを見て、「これはまたあの人の仕業だな」と思い、その人のページを覗いてみたらやはりそうだった。

Hisakazu Hirabayashi’s Blog


というわけで、今日はその、平林久和さんについて書くとしよう。ちょうどこれからの数日間はそちらから訪れる人が激増するはずなので、今日も雲は上昇しているのだが、そっちの方々が興味を持つような話をするのもいいだろう。敬語禁止と僕が勝手に決めたこの場所でその人のことを書くのはどうかとも思うが、まあ書いてみるとしよう。

時は2001年春。高校の卒業式を待たずに上京した僕は、人生で初めての仕事と独り暮らしを同時に始めた。東京八王子にある専門学校に通うためだ。僕はゲームプランナーになりたかった。しかし、生まれて始めて浴びた社会の風は厳しく、仕事と学校がどうにも両立できなくなっていた僕は、半年も経たぬうちに、学校を辞めようと決めた。

そんな時、平林久和さんが教室に現れた。その業界のことに疎い僕は、その人がそっちの世界では名の知れた人なのだということを全く知らなかった。ただ、初めての講義で、
「これはちょっと今までの授業とは違うぞ」
と思った。それまでの授業では「受信」ばかりしていた。まあ当然だろう。よくわけの分からん横文字や数字をノートにとり、言われるままにタイピングして、何が目的なのかもよく分かっていないままパソコンに向かって作業を続けていた日々。ちょうどそんな時、平林さんはふらりと教壇に現れ、僕に「発信」のチャンスを与えてくれた。

最初の授業。出された課題は二つ。その一つは確か、あなたが知っている素晴らしい世界だか何だかを熱く語ってくれだとかそんなものだった。そこでまず僕は、大好きなテニスについて書いたりした。そしてもう一つの課題が、「あなたが作りたい夢のゲームの企画書」というもの。その時、C言語だかなんだか知らないがどっかの外国語の中で5ヶ月間息を潜めていた僕の思いは、長い眠りから目覚めた火山のように噴火を始め、それはなかなか収まらなかった。「表現の自由」という言葉があるが、まるで僕はその瞬間に、それをやっと獲得した市民のようだった。

その授業は、そう、小学生の頃に大好きだった国語の時間に似ていた気がする。その時僕が提出したのは、「家庭崩壊」というゲームの企画書。全く予期していなかったことだが、次の授業で平林さんは僕の提出した「家庭崩壊」を全員の前で発表し、これ以上ない言葉で褒めてくれた。思えばあの日から始まり、つい先日のことまで、僕は今までに何度、あの人に褒めてもらい、そのたびにパワーを得てきただろうか。

あの日の出会いから、僕はまるであの人の宗教に入信したかのようにその言葉をただただ信じて、2年間の学生生活を送った。MOMA展が良いと言われれば上野の美術館まで足を運び、アムラックスでトークショーをすると言われれば仕事の休みをもらって池袋まで行った。本をいっぱい読めと言われたので、高校時代まで読書という読書はしてこなかった僕が、今では「趣味=読書」と書くようになった。自分のクラスの授業はいつもサボっていたのに、平林さんが一学年下の授業に来るという話を聞いてはそっちに紛れ込んだりもした。最後に会ったのは初台にある小さなライブハウスで、ラジオ番組の公開収録みたいなのがあった時だ。その日、僕はちょうど放送業界に就職が決まり、その事について平林さんに話を聞いてもらった。

その後僕は、結局就職せずに、いろいろあってニュージーランドに飛び、NZ生活も10ヶ月が過ぎた。今では、「平林教」でない、自分なりの宗教というか、哲学も徐々に確立しているつもりだ。自分の夢に近づくために、どこに行き、何を、どうするのがよいのか、自分でいろいろ模索して、それらを実行できるようになった。

毎日のように思い悩んでいた2年間の学生時代が確かにあったが、今ではゲームを企画するかのように、自分の人生というゲームを企画するのがとても楽しい。「趣味=人生設計に関する脳内会議」と書いても嘘ではない。そんな風にのんびりと構えて今を過ごしていられるのも、あの日の、平林さんとの出会いがあったからこそだ。19歳~20歳という、迷宮のスクランブル交差点に直面したその時期に、どこかペテン師的な香りもする魔法の言葉でいつも僕を騙しながら、その教えを説いてくれたことを、僕はいつまでも感謝したい。また今でさえ、僕が発信するあらゆることを、まるでどんな暴投でも体で受け止めるキャッチャーの如く、いつも受信してくれていることも、本当に感謝している。

発信。僕だけではない。きっと最近の若者はみんな、発信の場所を求めているのだと思う。学校では、明らかに受信の時間が多い。そんな中、僕が発信するきっかけを得られたのはすごく幸運なことだと思う。そのおかげで今では、
「誰も聞いていなくてもいいから自分のために発信し続けよう」
という開き直りさえできるようになった。

今はただ、落ちているボールを拾ってはあっちこっちに投げているだけの僕もいつか、あの人のような、優秀なキャッチャーになれるだろうか。
by KazuFromJP | 2004-08-13 05:31 | ゲーム『人間』 | Comments(4)
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最近、空を見る時間が増えた。僕がいま住んでいるところは、山々に囲まれた深い入り江のほとりにある。そのせいだか何だかはよくわからないが、ここでは雲がしばしば地上まで降りてきて、まあそういう時は完全な曇りとなる。午前中にそういう曇り方をする時は大抵、午後になると気持ちが良いほど晴れる。僕はここに住み始めて2ヶ月が経つが、来た当初は、大した風もないのに朝ここを覆っていた雲はどこに行ったのか、と不思議に思ったものだ。

ある晴れた午後、何キロだか海岸沿いの道を走った後、地面に寝そべって空を見つめていた。丁度自分の真上にひと塊の白い雲が浮かんでいるのをぼんやりと眺めた。その雲は、北にも南にも、東にも西にも、どこに流れているわけでもなく、ただ、上昇していた。どんどんその雲が、僕から遠ざかって天高く昇っていくのがわかった。そのムービーはとてもすがすがしいもので、僕の心をクリアにした。

日本で生活していた頃は、「雲は横に流れていくもの」という思い込みみたいなものがあったが、それは確かに上昇しているし、下降だってする。その日に見た雲は大した大きさではなかったのだが、もしかしたらその雲は、その日の朝にこの地域を覆っていた雲だったのかもしれないと、後になって考えた。

確かに、大きな雲がずっとこの地域に留まっていたとしても、高いところにそれが昇っていってしまえば、空は晴れる。むかし学校で習った、飽和水蒸気量だとか気圧のどうのこうのとかいう無駄知識が、長い歳月を経て、ほんのり役立つ時が来たようだ。

……主に、日中の雲は上昇し、日没後は下降してくる。今は南半球にいるので、太陽は北を回っているのだが、北側に山がそびえているここでは、大体3時過ぎには日が隠れてしまう。日が隠れると、この辺りの気温は急に下がり、それに伴って空気は水滴になり、気圧が下がる。地上だけ先に気圧が下がったわけだから、そこに気圧差が生じて下降気流が地上に雲を運ぶ。

いま僕が住んでいるところの庭には露天温水プールがあるのだが、入る時間帯によってそれぞれ異なった空を楽しめるのが面白い。僕が覚えていた無駄知識の正確さのことは何とも分からないが、いくらそういう知識をいっぱい蓄えていても、日本の社会で暮らしていると、それらを楽しみに結びつける能力は衰えてしまいがちだとしばしば思う。

先日はきれいな満月が見えたので、夜中に2時間ほど、そのプールに浸かりながらずっと空を見上げていた。ちょうど、月が空の一番高いところに届く頃、僕の視界には空しかなかった。月は、何にも邪魔をされることなく気持ち良さ気に、その空を我が物としていた。地上よりずっと広いはずの空だが、月がビルの間で窮屈そうにしている場所では、その本当の広さを実感することはできない。その日、月に挨拶するように傍をかすめていったいくつかの雲も、まるで広い空を優雅に泳いでいるようで、すがすがしく思えた。プールに浮かぶ僕の身体を置き去りにして、僕の魂はいつの間にか雲の上にあった。その瞬間も、いづれ過去という思い出の渦に溶けていく事になるというのが、何だかすごく不思議なものだと思った。

先日、親友のゐわおからメールが来た。面白いもので、奴も同じく最近、クラウドウォッチングで楽しい時を過ごしたらしかった。今回の文章は、ゐわおへ返したメールの続きとして書いたつもりだ。

僕は以前、過去にお世話になった恩師の誘いで、ミクシイというちょっと不思議なインターネットワールドに参加し、そこでいくつか記事を書いていた。しかしそこは中途半端に閉じた世界で、そこで文章を書いていく自分が妙な存在に思えてきたので、せっかくの招かれた場所だったが僕は実質的に脱退したような状態になった。で、まあいろいろ理由はあったがここに新しく日本語で文章を残す場所を作成したので、以前ミクシイで書いていたようなことをここで書いていこうとさっき決めた。

ミクシイで最初の記事に書いたことをここでも書きたい。その恩師というのは、平林久和さんという、ある業界では名の知れた方なのだが、まあ僕の友人の中で知っている人は少ないだろう。僕が専門学校に通っていた頃、平林さんが講義の中でよく言っていた。
「発信し続ける人間になれ」
と。僕はここで、日本語で書く価値のある文章を発信し続けていくつもりだ。何かを誰かに発信し続けるということは、その相手に自分を見てもらえるというだけでなく、それによって物事に取り組む意欲が生まれ、相手が何も期待せずとも自分は成長していけるのだと最近よく思う。実際に誰が聞いていようがいまいがそんなことはどうでもいい。それよりも、誰かに向けて発信しているんだと僕が思い込むことで、僕は文章を書く力を得ることができる。英語日記もそうだった。

とりあえずここの場所を作って一週間たつが、一日三人くらいは訪れてくれているようだ。ここで自分の為に何かを書きながらも、誰かの気分を良くも悪くも変えるようなものを残していきたいと思う。とりあえず今日はそんなところ。
by KazuFromJP | 2004-08-04 14:00 | ゲーム『人間』 | Comments(1)