カテゴリ:野口整体一年生( 4 )
今日は二子玉川にある整体協会の本部道場にて、
野口裕介(ひろすけ)先生の講話のテープを聴く会と
活元会が開かれ、参加してきた。
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整体協会の本部講師を勤めておられた裕介先生が亡くなられて、
明日で一年になる。

懐かしい空気だった。
高温質なスピーカーの性能もあったかもしれないけれど、
本当に先生がそこにいて、みんなでお話を聴いているかのようだった。

いつかの日々と同じように正座をして、
先生の声に耳を傾けているとふと、
この一年で、ずいぶん座り方が上達したなあと自分で感じられた。
そう思っているとテープの中で先生が正座のお話に触れられたので、
自分の成長した姿を先生に見てもらえたような気がして嬉しくなった。

      ◆

活元会を終えて、人がいなくなった道場の縁側から、
玄関脇で大きく育った高い木を見上げていた。

枝の一番高いところに、一羽のカラスが飛んできてとまった。
西日を浴びた枝葉が、そよ風に揺られてキラキラ輝いて見えた。
カラスは枝とともに揺られながら、しばし羽根を休めていた。

この木は、人が意図して植えたものだろうけれど、
その意図に含まれていないカラスも飛んできて、
しばし羽根を休めている。

      ◆

なかなか飛び立たないカラスを見つめていると何だか、
この一番高い木も、その周りの木々たちも、
部外者のカラスを優しく受け容れていて、
お茶を出してあげているような感じに見えてきた。

尊敬する先生方や、整体協会の在り方を想った。
飛んできたカラスを優しく受け容れてお茶を出す。
飛び立ったカラスを追いかけることはしない。

その人がその人らしくあるために手助けをするが、
自立を阻害する余分な施しはしない。

裕介先生がよく言っておられた。
「老婆親切になってしまわないように気をつけなさい」と。

      ◆

僕も、今日見上げていた木のような在り方を目標に日々、
過ごしたいと思った。

整体をすることにおいても、
人格の在り方も、
このブログを書く上においても。

静かに。
淡々と。
温かく。
やわらかく―。

      ◆

ありがとう。
今日も感謝の日。

 
 
by KazuFromJP | 2015-08-02 22:33 | 野口整体一年生
風邪をひいた。チャンスだと思ってこの一週間、
『風邪の効用』(野口晴哉・著)を読みつつ経過を送った。
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3月21日土曜日、仕事。
夜、同僚の送別会でお酒を一杯口にした。
お酒を飲んだのは1年か2年か、それくらい振りだった。
普段より多めに食べた。

      ◆

日曜日、休み。
花粉症の症状が普段より強めに出た。
午前中、左の鼻から水っぽい鼻水が出ていたが、
午後にやや粘質を帯びてきた。
のどに違和感あり。
午後に近所の活元会に参加した。
背骨によく気が通った気がするが、
頭がのぼせ気味だった。
夕方に寒気を感じた。

      ◆

月曜日、仕事。
のどの痛み、粘質の強い鼻水がよく出た。
午後、熱が上がった。
ポカリが飲みたくて午後はポカリを1リットル飲んでしまったが、
野口整体的な選択なら水だったなとあとで気づいた。
夜に咳が出だしてしばらく続いた。
咳き込みながらここで『風邪の効用』を読み直し始めた。

風邪の時の食事、まずは量を減らすこと、
食べるなら刺激物がよいと書いてある。
世間一般論とは真逆だが、実践するしかない。

風邪の前から、野口整体的3月の過ごし方にのっとって
食事を減らしていたので、あんまり食べないことは自然にできた上、
やはり自然に即した考え方なのか、特別食べたい気持ちも沸かなかった。

「水分の多いものを食べ、刺激性の食物を多くせよ」と野口先生は言う。
「生姜でも唐辛子でも胡椒でも何でも構わない、
胃袋が冷汗をかくくらい突っ込んでもいい。そのほうが経過を早くします」
とのこと。

昼にちょうど生姜をたくさん入れたうどんを食べていたが、
七味も投入すればよかったと思った。
翌日からどんな刺激物を食べようかと思いを巡らせワクワクした。

帰宅後、就寝前など活元運動をすればよいのだろうが、
だるくてやる気になれない。
とりあえず先生に教わった伸びの体操というのだけ布団の中で2回やって寝た。

首の後ろを温めて熱を出すのがよいとされているが、
面倒なことをやる気にはなれないのでやらない。
冷やさないことだけ気をつける。

      ◆

火曜日、振り替え休日で仕事休み。
整体協会の講座に出る。
いつも下駄で行っていたが足の冷えを警戒して革靴にした。
講座で先生が僕をモデルに指名してくれたお陰で、
普段から不整体の身体がいい感じに整う。感謝。
熱は一旦平熱以下になった様子。

朝は豆乳だけ飲んで、
昼は自販機のオニオンスープだけ飲んだ。
あとはひたすら水を飲んでいた。
鼻水は相変わらずよく出るが気分はとてもよい。
咳は落ち着いている。

夜、近所の蕎麦屋でかけそばを食べる。
教えに倣って七味を大量投入した。
食事をして汗をかいたのは随分久しぶりだなと思った。

週末に洗濯できていなかったので、夜にコインランドリーに行ったり、
部屋の掃除をしたりした。
ちょっと元気になってしまったせいでいろいろしてたら
油断して床で布団をかけずに雑魚寝してしまい、
足を冷やした。
リアルな夢を4つ見た。

      ◆

水曜日、仕事。
目覚めの気分は良好だったが、
寝ている間に足を冷やしてしまっていたのでとりあえず足湯した。
咳と鼻がよく出た。
午後、やや熱が上がり、軽い頭痛が出た。
気分は「最悪」とまではいかないが、
頭ののぼせが抜けず、この一週間で一番辛い日だった。
残業を早めに切り上げて帰宅した。

水分補給が足りていないのか、
唇の周囲が若干荒れた。

昼は七味と生姜を大量投入したうどんを食べた。
夜はカレーを食べようと思っていたがカレーの気分にはならなかったので
オリジン弁当でエビチリと麻婆豆腐の惣菜を買って帰った。
野口整体的には、身体の求めている食事を摂るのがよい
とされているのでそれに従う。

しかしそれが本当に身体が欲しているのか、
「刺激物がよい」という情報を頭にインプットしているせいなのか、
本当のところはもはやわからないが、それに従うしかない。

普段、床に就いて寝付けないことなどほとんどないが、
この日は頭痛とのぼせのせいか寝付けなかった。
活元運動をすればよいのだろうが、
だるくてやる気になれない。
例の伸びの体操だけ1回やって少し楽になって寝た。

      ◆

木曜日、仕事。
目覚めの気分がすこぶる良好だった。
咳は前日より落ち着いたが、
仕事中はしばしば咳き込んだ。
鼻もよく出たが量は減ってきて鼻の通りも心地よくなってきた。

咳と鼻は一日通して出て周囲から心配の声をかけられたが、
頭ののぼせは取れて、気分は一日通してよかった。
昼はカレーうどんに生姜と山椒をかけて食べた。

水を意識的に飲み続け、唇の周囲は回復してきた。
寝つきもよく、8時間くらい眠った。一番長く眠った日だった。

      ◆

金曜日、仕事。
野口整体的、体周期で言えばこの日が僕の高潮のピーク日であった。
風邪のひき始めが高潮期の始まりだったので、
このピーク日を境に風邪は落ち着くのではないかと予測を立てていたが、
見事に合致したので面白いなと思った。
暇を見て、過去の風邪を引いた時期と
自分の体周期律の関係を照らしてみたいと思った。

一日通して気分はよかった。
たまに咳き込んだり、鼻が出たりはしたが心地よい咳と鼻だった。
身体もとても軽く、22時半まで残業があったが集中も続いて、
明け方まで仕事していられそうな気分だった。

野口先生曰く、
「風邪をうまく経過できた人は、蛇が皮を脱いだようにサッパリし、
新鮮な顔つきになる」とのこと。

高潮期のピークと、風邪の経過が重なって、
身体は気が充実した状態だったのだろうと思った。

心地よい疲れをもって帰宅して、
ふとんに入る至福の時を味わいつつ眠りについた。

      ◆

3月28日土曜日、休み。
整体協会の稽古会に出た。
陽気が良かった。外の移動で汗をかいたのは今年初だった。
野口整体でよく気をつけるよう言われる汗の始末をきっちり済ませたが、
ここは一般論も同じ。
汗をかいたらとっとと着替える。

朝昼は食べず、夜にココイチのカレーを食べた。
カレー屋で辛口を選択するのは初めてだった。
このカレーを以って、刺激物週間は終幕とした。

震災直後、被災地石巻市のココイチで食べたカレーを思い出した。
あの頃、ボランティアセンターの名札を付けてる人は
1000円以下のカレーが無料とかやっていて、何度か食べに行ったが、
店で食べてお金を払わないのにはやっぱり抵抗があったのでみんな、
1000円以上のカレーを食べて端数の数百円を払っていた。

余談だった。

      ◆

『風邪の効用』は一度通して読んでいるハズなのだが、
風邪を引いていない時に読んだものは全く他人事なので
記憶に残っていない。

今回はよい機会をいただけたと思う。
1月にも風邪を引いたが、
心のゆとりを持てていなかったので、
自分の身体を分析しながら経過を送ることができなかった。

風邪を引いても比較的気分よく過ごせたのは心身共に成長だと感じた。

野口先生曰く、この時期に風邪を引くのは鈍い人とのこと。
けど引けるだけまだマシだとのこと。
春のこの時期に風邪を引いたのは、近年記憶にない。
マシな体になってきたということだろうか。
本来は彼岸前くらいに引くのがいいらしい。

来年はそうありたい。
久々に飲んだ酒が今回の風邪の引き金になっていたのだと仮説を立て、
来年の彼岸前に覚えていたら酒を一杯飲んでみようと思った。

きちんと回復する力を持ったこの身体と、
先人の知恵とそれに出会えたご縁に感謝したい。
ありがとう。
 
by KazuFromJP | 2015-03-29 04:22 | 野口整体一年生
今月3日、整体協会の本部講師を務めておられた
野口裕介(ひろすけ)先生が亡くなられた。
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7日に行われた告別式に参列し、
お別れを告げてきた。

享年62歳。
野口整体の開祖である野口晴哉先生の死後、
二代目として、38年間、整体協会を牽引されてきた裕介先生。

「なぜいま?」

と、訃報を聞いてから無限ループし続けていた
自問の声を抱えたまま参列し、
玉串を捧げてから狛江の駅へ向かう途上の池で、ふと足が止まった。

岸辺にしゃがみ、林の中で穏やかにゆらめく水面に目を落として、
現実感のない現実を、リアルに見つめようと、
先生のこと、自分の現状、周囲の人のこと、これからのこと、
考えていた。

      ◆

僕の目から見た裕介先生は、
猫のような人だった。

のんびりしていて気まぐれで、
自分のテリトリーみたいなものに他人を寄せ付けないところがあって、
何を考えているのかよくわからない。
(僕なんかが先生の考えてることを理解できたらそれも問題か―)

陽だまりの中の暖かく包み込むような空気と、
人から距離をおこうとするような孤独感を併せ持ち、
「孤高清冽な生涯を送りました」と書かれた告別式の挨拶文、
その「孤高」という言葉がピッタリな人だったと思う。

      ◆

僕は、そんな裕介先生が嫌いだった。
毎月の講義でいつも、心の中で反発しながら、
心理学から学んだ手法を駆使して自己分析して心落ち着かせつつ、
その反発のエネルギーを学ぶ力に変えていた。

「僕が講師だったらこういうやり方はしない」
「自分が先生だったら―」

などと反発する力は、
自分が将来目指したいカタチを明確に思い浮かべるための
ある意味道しるべになっていた。

      ◆

誰かに対して「悪口的なもの」が湧いてくる時、
その心を注意深く分析することができたら、
自分が本当に求めているものが見えてくる。

ユング心理学でいうシャドーの見方でいうと、
「男に媚びる女にイラつく女性は、
本当は男に媚びたい自分を抑圧している」
ということになる。

例えば僕が裕介先生の代わりに講師だったら、
「誰か参加者の中で、自分の話に飽きている人はいないだろうか?」
「ちゃんとこの説明で伝わっているだろうか?」
「みんな楽しく学べているだろうか?」
「時間配分大丈夫か? もう15時回ってるが、
 実習の時間は・・・十分とれるか!?」
など常に気になって仕方ない。

      ◆

で、その辺りのことを全く気にしてない(たぶん)ような先生だったから、
そこに僕は反発しており、
その反発は権力や能力に対する劣等感であり、
また、本当は人目や好感度を気にせずのびのび振舞いたい
という、常日頃自意識過剰気味な僕の感情の抑圧でもあったと思う。

そんな僕のちっぽけな劣等感は、向上心の裏返しでもあり、
先生の存在を通して、
僕が人に教える立場になったときに何を大切にしたいか、
それによって明確にわかり、
自分らしさ、裕介先生らしさ、という境界線を引くことで
「今この講義から学ぶべきこと」
に集中し、地に足着けられたような気がする。


裕介先生が大切にしていたのは何だったのだろう?
それはきっとこれから、
僕なりに裕介先生の残した足跡を追いかけながら
僕自身の中で見出していけばよいもので、
客観的な真実はないのだろうと思う。

      ◆

今年の2月に、本部道場の三階で、
裕介先生と一対一でお話をするお時間を設けていただけた。

自分が目指したいものを素直に伝え、
先生の考え、これからのこと、それぞれをぶつけられた
最初で最後の時間となった。

その時された、裕介先生からの頼まれごと、
それを僕はお断りしてしまった。

「僕が整体と同じくらい大切にしている心理学の講座が
今年の9月に終わりますから、
少なくとも9月まで待ってほしいです」

とお伝えしたところ、

「9月では遅すぎる」

と先生は答えた。

先生は、9月が来ないことを自身で感じておられたのだろうか?
そんな超能力レベルのことはもちろん、
凡人の僕が考えてもわからないことだし、
お断りしたことに後悔もしていない。

けれど告別式にて、裕介先生が毎日くぐっていたであろう
野口家の立派な門を見上げながら、
先生の期待に応えていた場合の、
在りえない自分の未来をただ僕は無駄に妄想し、
存在しなかったはずの、先生との思い出に浸っていた。

      ◆

今月6日、本来なら月例の講座がある予定だった。
今回は講座の前に、
小さなお茶会を開いて下さるとのことだったので、
僕は裕介先生に、この半年間のことをぶつけつつ、
先生のこれからのビジョンを訊いてやろうと意気込んでいた。

けれどその日はやってこず、
6日は、先生のお通夜の日となった。

「なぜいま?」

先生の訃報に、悲しみは沸いてこず、
喧嘩相手を失ってしまった悪ガキのような、
エネルギーのぶつけどころを無くして空回りし続ける
空しさが心を支配していた。

(ピンポイントな世代しか分からない例えだが
90年代の漫画『幽遊白書』に登場する
浦飯幽助を事故で亡くした桑原和真のような気持ち)

      ◆

先代の野口晴哉先生はたくさんの著書を残されたが、
裕介先生の言葉は、講義録の中にだけ綴られている。

晴哉先生は、整体の道をゆく中で、
「患者の治療」から「患者の自立のための教育」へと
方針を転換されたと、著書の各所に書かれている。

裕介先生は、いつかの講義の中で、
「私はただ、父から渡された伝統をそのまま
後の世代へ語り継ぐことが、私の役割だと思っている」
とおっしゃられていたとおり、
ただただ、整体協会会員の、「自立」を「教育」していたように感じた。

      ◆

自分の身体は自分で整えること。
自分の運命も自分で切り開くこと。

一貫してたぶんそのことを大切にされていたんじゃないかと
僕には感じられた。

裕介先生はカリスマになろうとしなかった。
たぶんカリスマを育てようともしていなかった。
ただただ、その人がその人らしく生きる道を見つけるための、
手助けだけを淡々とされていたのではないかと僕は思った。

      ◆

人に好かれようとしていなかったし、
世間の注目を集めようともしなかった。

離れていく人は自然と離れて自立したと耳にしたし、
集まる人とも適度な距離を保って、依存させようとしていなかった。

どこまで先生が考えていたのかはわからない。
ただ僕の目には、猫のように映っていた裕介先生は、
のんびりで、気まぐれで、孤高のプライドを保ち、
適度な距離から人からの眼差しを集め、
何の前触れもなく静かに、この世を去った。

      ◆

いま困っている人は困っているのかもしれないけれど、
「困るときは困るのがよろしい」
とでも晴哉先生なら言うだろうか。

この先どうなっても、
僕のやることは変わらない。

30年後に僕の前にいる人に対してやれる最善の行動を、
今日、淡々と続けていく。
明日、僕の前にいる人に対してやれる最善の行動を、
今日、淡々と続けていく。

30年後にいなくなっている先生方への媚びを捨てて、
ただただ未来の自分とクライアントのために、
学びを与えてくださる先生のもとへ足を運ぶ。
書を読む。実践する。

そして明日出会う人が少しでもハッピーであるように、
自分の心を整えてゆく。


環境がどう変わっても、世間がどうあっても、
結局は自分がどう在りたいか。
それ次第。
そのことを、改めて自分で確認する機会を
与えていただけたことに感謝したい。

      ◆

「なぜいま?」

その答えを自分なりに見いだし、
新たな一歩を踏み出してゆく。

裕介先生、その眼中に僕が入ることはもうないのだけれど、
何とか眼中に入ってやろうともがき反発し、
空回りしていた未熟な自分を抱えたまま、
いつか天国から見つめる裕介先生の眼中にでも留まれるように、
日々努力して自分の道を歩みたい。

      ◆

●裕介先生から得たもの学んだものまとめ

・強い愉気の涼しさ
→何度か講座の際に練習台になって受けた裕介先生の愉気は、
 細い滝が貫いてゆくような涼しさがあって、
 それは他の先生では感じたことのない独特な、清々しい愉気だった。

・自立心
→学ぼうとするものをどこか遠ざけるような、
 でも遠ざかるものは追いかけたくなる的な何か。
 世話焼き的な自分とは対照的なもの。 

・先生の長話による正座の耐久性
→実は僕にとってこれが一番大きい。

・その他もろもろ
→講義の中で、夢うつつに聞いていたお話の断片が、
 今後の日々の中で思い出されてゆく気がしている。

      ◆

野口裕介先生、嫌いだったけれど、
ただただ感謝ばかりが浮かんでくる。

ありがとう。
今日は、野口裕介先生感謝の日。

合掌。

池の水面が、
穏やかにゆらめいた。
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by KazuFromJP | 2014-08-10 10:48 | 野口整体一年生
世田谷の二子玉川に整体協会の本部道場があって、
毎月16日に活元会が開かれている。
今月も参加してきた。
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野口整体って何をするのかと言えば、
活元運動と愉気である。

愉気は、主に手を当てて気を送ること。
活元運動とは、動物が本来持っている体の調整機能的な
無意識の動作のこと。
寝相とか欠伸(あくび)とか嚔(くしゃみ)とかも運動も活元運動。

人は社会生活の中で、
欠伸を故意に止めてしまったり、辛いのに同じ姿勢を続けたり、
理性で野性的な動作を押さえ込んでしまっているせいで、
体のバランスを崩し、それが怪我や病気の原因になる、
というのが野口整体の考え方。

      ◆

しかし日本社会の中で平穏に暮らすためには
野性をある程度セーブしておかねばならないのは仕方ない。
大事な会議中に、不意に立ち上がって伸びをして
声を高らかに大あくびをした時に失うものを考えたら、
身体に少々無理をしてもらう方が賢明だと言える。

その無理の積み重ねで崩したバランスを整えるのが、
野口整体の活元運動。
意識的に無意識を作り、頭をポカンとさせると、
身体が勝手に動いて、
緊張などで鈍くなっているところを調整してくれる。

      ◆

活元会とは、それをみんなでやろうという会である。
熟練した人たちは、ものすごい動きが出るので、
ハタから見るとまるで新興宗教の狂気じみた集まりに見えるけれど、
みんなそれぞれ、日頃疲れたところを自分で調整しているだけ。

初心者にはなかなかポカンとするのが難しいので運動が出にくいけれど、
活元運動中に愉気をしてもらったり、人の手を借りると運動が出やすく、
習得しやすいため、活元会というものが各地で開かれている。

      ◆

二子玉川の本部道場では毎月16日、13時に
200円持って道場に行けば誰でも参加できる。
申し込みなどは必要ないので非常にお手軽なはずだけれど、
その辺のことが対外向けに発信されていないので、
初めのハードルだけちょっと高い。
ホームページにもお問い合わせくださいとしか書いてないし。

本部道場では、創始者野口晴哉氏の三男である裕介先生が、
初心者向けにお話と指導をして下さる。
ありがたい。
ちなみに毎月ほぼ同じお話。

参考までに↓

■整体協会ホームページ
■野口晴哉について(wikipedia)
 
とりあえず僕は野口整体の考え方のもとに暮らしていて、
平穏に生きています。今のところ。
ありがとう。

野口整体との出会いは、
浅草で、通りすがりの酔っ払いがこぼした言葉であったけれど、
それはまた、別の話。
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今日も感謝の日。
素晴らしい世界。
by KazuFromJP | 2012-02-18 04:04 | 野口整体一年生