平均以上である必要はなくて
いろんなことに一区切りがついて、
この3日間ほとんど何もせずに過ごしていた。
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何もせずではなく実際は、
インターネットで検索ばかりしていた。
インターネットの情報の世界に潜り込んでいくと、
すごい人がこの世界にはたくさんいることに改めて気づかされるわけで、
情報に埋もれていく中で無意識に、
自分の存在価値に疑問を抱いたり、
自分にとっての存在意義が揺らいだりする。

それによって気分は浮き沈みする。
何かしなきゃなとか思いつつも、
自分にその「何か」ができるのか疑わしく思う。

      ◆

それは結局自分が未熟なわけなのだが、
実際に未熟なのはその
「何かができる」「できない」の能力ではなくて、
ある「思い込み」によって振り回されている自分の精神の未熟さなのだ。

たとえば、
「みんなが理解できていることは
自分も理解しなければならない」
という「思い込み」がある。

それが「思い込み」だと、以前先生に言われて気がついた。

無意識に、所属しているコミュニティにおける平均以上を目指して努力し、
そこに自分の居場所を確保して安心を求めてしまう。

努力もいい。安心もいい。
けれど、その裏に強迫観念みたいなものがいつも付きまとっているなら、
少しずつ何かを変えていきたいと思う。

      ◆

人と比べて「すごい人」になれたらカッコいいだろう。
けれども、
比較する相手がいなければ自分の能力が測れない
わけではないだろう。

だからと言って、
自分のある能力を伸ばしたいときに、すべてを、
他者と比較することなく向上させていくことはきっとできない。

大切なことは、自分が何者を目指しているのか、
仮に決めることだと思った。

      ◆

12時間眠り続けた日、
インターネットに浸り続けた時間、
人と関わらなかった一日、
それらの時間に低評価を下そうとする
世間一般を代表したがる自分がいる一方で、
それらすべてが大切な時間、大切な過去だった
として味わいたい自分もいる。

どっちも大切な自分で、どっちかが悪者ではない。
それでいい。

そこで大切にしたいのは、
いつでもどこでもその瞬間から、
「これからどうするか?」

      ◆

いつでも僕たちは、たくさんの経験・選択を、
バラバラと積み上げた積み木の山の上にいる。

いびつでも何でも、積みあがったものはもう仕方ない。
多少形を整えるのもいいけれど、ても結局考えることは、
「次の一手をどうするか?」

シンプルに。

ありがとう。
今日も感謝の日。
そして毎日味わいライフ。
 
まあ何でもいいか。
生きてるし。
 


by KazuFromJP | 2016-11-26 05:36 | 人間学実践塾・ユング心理学など | Comments(0)
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