ただの写真61@原宿
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写真を撮るのも文章を書くのも、
何か満たされない隙間を埋めるというか、
円の欠けた部分を補完するというか、
何らかのバランスを取ろうとする行動なのかなと考えたりする。

整体的には、平衡要求などと言ったりする。

何か心の偏りがなければ、
バランスを取ろうとする行動、そのエネルギーも生まれて来ず、
何もないなら何もないでいいのだろうなと近頃考えていた。

今は自分の勉強が充実しているからか、
ほかにあまりエネルギーが向かっていかない自分の心を感じている。

それでもいま何かここに書いているのは
またいろいろあるのかもしれないけれど、
日常的に写真を撮っていた自分が、
ここしばらくカメラを持ち歩いていないことを振り返ってみて、
そんないろいろを感じていた。

      ◆
      ◆

最近は、
「特別でありたい」ことから脱したい気持ちが高まっている。
人からの評価の前に、純粋に、
自分が自分に求めているレベルに答えるべく、
日々能力を積み上げて生きたいと思う。

人から褒められたり認められたりするのは嬉しいことだが、
しばしばそれらが純粋な能力磨きの障害になる。
本来自分が目指したいゴールがあったのに、
気づかぬうちに、
他者から認められることをゴールに変更してしまいがちになる。

他者からの評価に期待せず、
褒められてもけなされても変わらずに、
自分なりのゴールを見続けていきたいと思う。

      ◆

大好きな岸見一郎先生の著書から
最近お気に入りの箇所を抜粋したい。
アドラーの弟子の弟子であるクリステンセンの話。

私(クリステンセン)がドライカース教授(アドラーの弟子)について学んでいた時、アドラー心理学と他の心理学との比較考察をせよという課題が出ました。私はその課題に対して二十枚ものレポートを書きました。レポートを提出後、私はドライカース教授に呼ばれました。

「こんなにたくさんのレポートを書いたのはなぜかね?」(ちなみにその時の課題は二枚書けばよかったのです)

「比較考察に興味を覚えたからです」
「いや、それは違う。君はただ僕に自分を印象付けようとしただけだ。しかし、君は今のままで十分いいのだから( you are good enough now )、こんなことをしなくてもいいのだよ」

私はそれまでは他の人とは違おうとしていたのですが、このことがあってからというもの、そうしようとすることをやめて末っ子のように、人に頼って生きることを覚えました。

岸見一郎著『アドラー心理学入門』より


      ◆

さて、寝よう。
ふつうに寝て、ふつうに起きて、
ふつうに仕事して、ふつうに勉強してまた寝る。

淡々と繰り返すその毎日の中で、少しずつ成長していく。
ついつい一夜漬けでジャンプアップしたくなってしまう僕にとって、
それが今の毎日の課題。
今日も積み上げていく。
 
ありがとう。
今日も感謝の日。
 

 
by KazuFromJP | 2015-09-09 00:01 | ただの写真。(カメラに感謝) | Comments(0)
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