ホロン感謝の日
部分であるが全体としての性質も持ち、
独立して機能する単位を「ホロン」という。
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人体の細胞一つ一つは、その細胞として独立した機能を持ちながら、
全体の調和を保つように働いている。
その細胞一つひとつが、ホロンである。


最近、ホロンのことをよく考える。
例えばいまキーボードを叩いているこの指。

指は指として動き、皮膚は皮膚の働きをして、
骨、血、爪、それぞれの細胞、さらに分子は、
それぞれ独立した存在でありながら全体の調和を保ち、
僕の想いを叶えるように動いている。


野口嘉則著『心眼力』にこんな話がある。
一月のある寒い日の昼下がり、一輪の梅の花が開きました。その花の名は”太郎”。開花したばかりの太郎は、あたりを見回しました。

「おっ、まわりはまだツボミばかりだ。どうやら最初に咲いたのは俺みたいだな」

しかし、後ろのほうを見てみたら、1メートルくらい離れたところに、もう一輪、咲いたばかりと思われる花がキョロキョロしていました。その花の名は”一郎”。

太郎「おまえ、咲いたばかりなんだろ。最初に咲いたのは俺だからな」
一郎「おまえだって咲いたばかりだろ。一番に咲いたのは俺だ」
太郎「証拠でもあるのか?」
一郎「おまえのほうだって証拠はあるのか?」
太郎「証拠はないが、俺が一番だ」
一郎「いや、俺が一番だ」

太郎と一郎が争っていたら、近くにあった別のツボミが開きました。とても大きな花びらをもった立派な花です。その花の名は華夫。

華夫「君たち、さっきから、何を言い争っているんだ? どっちが先に咲いたって、そんなことはどうでもいい。花は大きさがすべてだよ。僕を見てごらん。僕が一番大きくて立派な花さ。君たちは貧弱だ」
太郎「大きいだけなんてつまらない。早く咲いたほうが偉いんだ」
一郎「一番、早く咲いたのは俺だぞ」
華夫「花の価値は大きさで決まるんだ」

この言い争いをさっきから見ていた人間が、太郎と一郎と華夫に言いました。

「君たちはみな、同じ一本の梅の木に咲いた花なんだよ。同じ命なんだよ」

それを聞いて、太郎と一郎と華夫は自分たちの愚かさに気づき、恥ずかしさに顔をあからめました。



地球を巨大な一つの生命体と捉えたラブロック博士。人はみな無意識下で繋がっているとしたユング博士。人の意識は死後みな一つの光に還るという飯田史彦氏。

梅の花の一つひとつが、梅の樹全体のホロンであるように、
人も、人類全体のホロンであり、地球全体の、宇宙の中の、
ホロンであるとイメージしてみるならば、
この生命の使い方、この身体の使い方も、
見直してみたくなる。


このウェブサイトも、インターネット全体のホロンであり、
僕は好き勝手書いているけれど、
その一つひとつが全体を維持する働きを担っているのだと思うと、
共創心が芽生えた。


だから、ありがとう。
今日はホロン感謝の日。

それいけアンパンマン。
60点。


 
by KazuFromJP | 2010-02-17 06:14 | 人間学実践塾・ユング心理学など | Comments(2)
Commented by sumie at 2010-02-22 23:45 x
実際にこの手で、足で耳で目で、感じた事が、
いくつかの共感になって、吐き出せるのかな。

お大事に。
Commented by KazuFromJP at 2010-03-10 01:18
sumieさん

そう。深く考えず、ただ感じたいと思う今日この頃です。
いつもありがとう。
 

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